華な往来でもやれるそうである。
同じ夜の九時過に、前のよりすこし上等の風をしてお客を探し出す。二三間離れた処から帽子を脱いで、心安げな、意味ありげな笑顔を見せて近付く。品物は見せずに、肩を並べてあるきながらお客の顔をのぞき込んで、
「突然失礼ですが、例の秘密写真は如何で。一枚一円から二十円までいろいろあります。ブックもあります」
と露骨に云う。声は低いがハッキリしている。道でも聴くか、煙草の火でも借りるような態度である。そうして相手がうなずくと、共同便所や自動電話に連れ込む。
この売り方は最新式で、二十円云々は只相手の好奇心をそそるに過ぎぬ。一枚二十円の秘密写真ときくと、見るだけでも見たくなるのが人情だそうである。
このような行商人? の中に、只美人の絵葉書だけを持っているのがある。これはどんな人間が買うか。いくらで買うか。何になるのか。後に職業婦人の項で説明する。
東京市中の暗い処を歩いていると、時々この種の商人にぶつかる。バラックになってから、特に暗い横町が殖《ふ》えたから便利である。
何々ビル、何々会社という処には、白昼、こうした商人が出没するという。実見はせぬが、事実であろうと思われる。
その筋の取締《とりしまり》が弛んだ
俗に云う禁止物に対するその筋の取締が、この頃では眼に見えてゆるやかになった。特に東京ではそう見える。
裸体物を取り入れた公刊の絵葉書、書籍の表紙なぞが、九州よりも多く店頭に曝されている。展覧会の絵や彫刻、活動写真の濡れ場、接吻なぞの場面も同様に殖えた。
その中でも活動の看板やビラに血をあしらったのが殖えて来た。これは九州方面も同様らしく思われるが、特に注意する価値がある。頽廃思想の産物である変態性欲と関係があるから。そうしてこの傾向は、目下、東京で盛に醸成されつつあるように記者の眼に見えるから。(後段参照)
いずれにしても、二三年前と比べると隔世の感がする。
尚、このようなあらわれ[#「あらわれ」に傍点]の裡面には、堪切れぬ社会の要求が、ある拒み難い力となって当局を動かしているのではあるまいかと疑っている向きもある。参考のため書き添えておく。
或る秘密画家の話
或る日の正午、記者は日比谷交叉点付近のカフェーに腰を卸《おろ》して、注文の来る間ズボンのゴミを払っていた。
すると直ぐ横の卓子《テーブル》に、ダブダブのズボンを穿いた長髪の青白い男が来た。その男は、記者がテーブルの上に投《ほう》り出した大型のスケッチブックとマドロスパイプを見て、ニコニコと話しかけた。
「バラック建築の御研究ですか」
これをキッカケに二人は同じ卓子《テーブル》に向い合った。名刺を交換していろいろ話し込んだ揚句《あげく》、彼は自分が秘密画家である事を告げた。
彼は最初にこんな謎のような事を云った。面白いから書いておく。
「物には裏と表があります。私自身にもあります。そうして問題は、只、この裏と表を自分の頭でハッキリと区別して使いわけながら、生活し得るか得ないかにあります。特に芸術ではそうです」
「私は嘗て文展に能のお面を出して落選しました。その原因がこの頃になってわかりました。平生私が秘密画ばかり描いているために、お能のお面にもその気持ちがうつって、上品さを傷つけるのです。殊にあの不可思議な唇の開き工合のところで迷わされています」
「これは私が修養の出来てないせいでしょう。私が秘密画とお能の面とを美事に描き別け得た時は、私が芸術家として成功した時でしょう」
彼はこう云いながらウイスキーを飲んだ。彼の眼は彼自身の神聖さに輝いた。
彼は大森の下宿へ記者を引っぱって行った。そこで更に飲み続けながら、記者にいろんなものを見せ且つ話した。いろいろ儲かる話を持ちかけた。是非Y文を書いてくれ、それによって絵を描くからと云った。彼は記者を掘り出したつもりでいた。記者は掘り出される約束だけして逃げた。
芸術家の生活と誘惑
自分の高尚な絵が売れぬ。売れても絵の具代に追っつかぬ。一方に秘密画さえ描けば、粗末なものでも非常に高価《たか》く早く売れるという事実は、不断に在京の画家を誘惑している。
文展や院展に出す絵のモデル代、旅行費、絵の具代、間借り代、その他の生活費は、つまらぬ絵を二三十枚描く辛棒さえあれば訳なく取れる。そのためには仲買人も居れば、モデルも居る。只、いつも浮世絵風の線で(無論ゴマカシでよい)描かなければならぬのが、洋画家なぞにとっては困るといえば困る位のものである。
このような絵の直接御用命者には然《さ》る○○な方々もある。西洋人もある。間接の手を経て外国へも続々行くらしい。某ホテルのボーイ頭なぞはその仲介に立って大金を蓄《た》めていると聞く。
同時に東
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