も数層倍烈しく乱雑になった。弱い彼女たちを死に物狂いになるまでいじめ上げた。これも彼女たち職業婦人を堕落させる有力な原因となった。
 時は金なり、金は生活也。生活の真髄は享楽なりという実際の証拠が、彼女達の眼の前に朝から晩まで走馬燈の如く廻転した。
 時、金、生活、享楽――即ち物資文明の産物たる東京のバラック、イルミネーション、エレベーター、店頭装飾、そのようなものの間を駈けめぐる電車、自転車、荷車、汽車、オートバイの響は砂煙を上げ、天地に轟きつつ、まだ気の弱い、生れ立ての職業婦人たちの神経を戦《おのの》かした。
 自分の持っている限り無形の資本を、一日も早く有形の資本に易《か》えて、生活の安定を得ねばならぬ、という事以外に彼女たちは何事もわからなくなった。その時に彼女達は、その持っている三つの資本、健康、美、あたまのうち、美がすべてに勝る資本である事を知った。全東京の男性は彼女達の美に飢えている事を知った。殊に彼女達の出世の直接原因となるべき上役、又は彼女達の保護者となるべき富豪を自由にするには、彼女達の美を提供するのが一番である事を知った。彼女達の「美」は彼女達の「頭」の良さを保証し、彼女達の「健康」と「勤勉」とをさえ保証する事を見慣れ、聞き慣れて来た。
  ………連載一回分(二千字前後)欠………

     堕落し立てのホヤホヤ

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
記者の友人[#「記者の友人」に傍点]甲「女なら今の東京だね」
記者の友人[#「記者の友人」に傍点]乙「どうして」
甲「どうしてだって、東京の職業婦人はまだ出来立てのホヤホヤだろう。そいつが又堕落し立てのホヤホヤと来ているから、面白いだろうじゃないか」
乙「という意味は……」
甲「頭がわりいな。第一、往来をあるいて、本物の職業婦人かどうかという事をめっけるのが面白いじゃないか。その次には、どんな風に渡りをつけるか。彼女達のブローカーはどこに居るのか。居れば店の中か外かという事を探し出すのが、又探偵小説以上の興味だぜ」
乙「フン、それだけか」
甲「どうして……これからさ。そこで彼女達い有り付くと、玄人《くろうと》ともつかず素人《しろうと》ともつかぬ新しい味わいがあるね。これが前芸で、だんだん深くなると、彼女たちは根が半玄人だからじきにまいって、あべこべに夢中になるのがある。そいつをからかう面白さったらないね。さもなくとも手堅い奴を口説き落して、何とかしてこちらに向かす。向いたら最後、こちらから引外《ひきはず》して逃げまわると、半玄人の悲しさには、青くなったり、赤くなったりして追っかけて来る。そんなのを二三人持っていると、大いに青春の慌しさを感ずるね」
乙「どうも驚いた。君にそんな手腕があろうとは……」
甲「何が君。芸者や女郎とはたちが違うもの。君にその手腕がないので不思議な位なもんだ」
乙「いよいよ呆れたね」
甲「何《な》んならお伴しようか。安値《やすね》で清潔なところを……」
乙「ウン……」
[#ここで字下げ終わり]

     堕落程度と相場

 職業婦人の堕落程度にはいろいろある。
 人間と名のつく以上、堕落の機会を持たぬものはないので、職業婦人は殊にその機会が各種各方面に多いが、ここには只売り物としての堕落方面を述べるに止める。
 芸妓《げいしゃ》はあまり有りふれているから略するとして、その次にありふれているのは女給、女案内人、稍《やや》高級なところではモデル女、女優一切であろう(女車掌の事は前に「新東京の裏面」の項で書いたから略する)。この種の職業婦人は、職業婦人と云えば云えるようなものの、そう改まった名称をつけなくともいい。女優は貴族的の気分で、モデル女は下宿にでも公然と来る点で、女給は安値な点で、又案内女はもっと安値な点で盛に売れている。相場は無論一定しないが、女給が二十円以下、案内女は十円以下と云ったら中《あた》らずといえどもである。普通の安いところを云えば、女給十円、案内女五円位でもあろうか。
 十円位の相手で待合(待合と云ってもいろいろあるが後段参照)に五円乃至三円、花に二三円、合計二十円もあれば充分で、僅々十円乃至七円でも受け合われるという。この辺になると大分|通《つう》になる。
 仮にも女優と名が付くと、女給業よりいくらか高い。モデル女と活動の案内女の話は古いからここには略する。

     女優の券番は?

 職業婦人の第二職業の紹介者、女衒《ぜげん》、周旋人、又はブローカーといったようなものは名前を換えて色々いる。
 女優と云えば、大抵活動や芝居のそれであるが、社長や所長、又は何々主任、専務なぞいうものに渡りをつけなければ、先ずお眼にかかれぬ――そのような仲介者への紹介者は、無論、金と友人である。
 女優はそんな連中の命令?
前へ 次へ
全66ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング