永続するかしないかは、男が女のヒス性又はサジ性を甘受するか否かにある。何でもハイハイと尻に敷かれるか否かにある事は、常識で判断してもわかる。
二重の意味の快感
女が一旦男を支配するようになると、どこまでも増長する。男を極度まで苦しめて飽きないものである事は、昔からその例証が多い。
殊に、我儘からヒス性へ、ヒス性からサジ性へと加速度で進んで行くのは、教育ある婦人に限られているそうである。何故かと云うと、
一、教育から見識が生れる。
二、見識からプライドが生れる。
三、プライドからヒステリーが生れる。
四、ヒステリー性からサジスムス性が生れる。
という四段論法が、最近の智識を有する男性社会に於て、真実と認められているからだそうである。
ところでここに面白い事には、夜間はともかく、昼間に於て男性を窘《くる》しめる方法の第一は、買物に同伴する事だそうである。自分の好きなものを一ツ一ツ撰《え》り出す毎に、男が青くなったり赤くなったりするのを見るのは、二重の意味で云うに云われぬ面白さと愉快さだそうな。
理解ある同伴
東京が「理解ある結婚」の中心地である証拠に、最近の東京の街頭に異性と二人連れの姿を非常に多く見受けるのは記者ばかりでない。尤も、これを全部、街頭に於ける「理解ある結婚」の姿と名付けるのが無理ならば、単に「理解ある同伴」と云ってもいい。散歩もあろう。見物《みもの》、聞きものもあろう。しかしこの中に「買物のため」が沢山あるのは否まれぬ。
前に述べた新東京の商売の模様を調べる序《ついで》に、店の者に聴いて見ると、
「近頃は御夫人連れのお客様が非常に殖えました。殊に御婦人の御趣味が高くなりまして、旦那様のお帽子からネクタイまで、なかなかお上手にお撰みになる向きが多いのです。殊にお帽子や何かにツヤツヤした毛のものとか、スベスベした絹のもの、又は冬の白い襟巻なんぞが流行《はや》りますのは、御婦人のお好みが大分まじっておりますようで……」
と眼を細くして笑った。話だけでも身の毛が竦立《よだ》つようである。
否、まだ恐ろしい話がある。
変態性欲とヘアピン
或る米国帰りのドクトルは記者にこんな話をした。
「近来、若い婦人は様々の形をしたヘアピンを挿しているが、最近では若い夫人でもよく用いるようになった。然るに自分は、彼《か》の鬼のような、獣《けもの》の頭のような、又は異形の鋸《のこぎり》のようなヘアピンを見ると、ゾッとするのを禁ずる事が出来ない。それは、震災後、彼《か》のヘアピンで傷つけられた男を二人程手当をしてやったからである。その一つは頸動脈のところ、今一つは眼の近くで、いずれもかなりの傷であったから理由を問うたところが、二人共顔を赤らめて語らなかった。しかしその傷から私は察して、兇器はヘアピンであると思った。あの式のヘアピンは閨房に於ける婦人の唯一の武器らしい。彼《か》のヘアピンの形は、婦人のヒステリー性や、サジスムス性を象徴した形をしている。流石《さすが》女性尊重の本家本元アメリカから輸入された事は争われぬ」
おさし合いがあったら御免なさい。
平民主義と風紀頽廃
東京の上流人士が男女を通じてかように次第に堕落して行く原因の中に、今一つ記者の注意を惹いたものがある。それは古い言葉ではあるがデモクラシー世界の実現である。
学生の鳥打帽――軍人の平服の事は前に書いた。畏《かしこ》きあたりの御事は申すも畏し、一般の華族と富豪とかいう者は、元来非常に見識を貴《たっと》ぶものであるが、それが今では頽《すた》れて来た。平民的になって来た。
これはまことに結構な事であるが、一方から見るとあまり面白くないことがないでもない。
見識を取るとか威張るとかいう事は、一面、家内万事を儀式張らせる事で、殊に家柄を重んずる華族とか、家風を八釜しく云う町人とかは、こうして家風の取締をしたものであった。そのために深窓に育った子女達は、非常にその世間を狭められると同時に、堕落の機会をも亦甚だしく狭められていたのである。
デモクラシーと名づくる春風は、次第にこの善良なる美風を吹き破り始めたのであった。某華族や某富豪の家庭の素《す》っ破《ぱ》抜き記事が、次から次へと新聞を賑わした。デモクラ式男女関係を作る事が、新人の使命であるかのように思わるるに到った。
天のデモクラ宣伝
この傾向に大油をかけたのが過般の震火災であった。あれは天が人間界に試みた大々的デモクラ行為であった。あの名状すべからざるドサクサが、どれだけ上流の家庭に平民式を煽《あお》り込んだか。現在の新聞紙上で、上流の家庭の紊乱《びんらん》が如何に平凡な材料として取り扱われているかは、読者の熟知せらるるところで
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