たせながら八方に眼を配って行く……といったような女学生をいきなり不良とは断定できぬ。
 しかし、記者の見たところを綜合すると、不良少女は割合に狭い帯を締めているようである。これは胸のふくら味と下腹と尻との丸味を区切って見せるためで、昔流に広いシャンとした帯で、その辺から受ける肉感を芸術的に殺して終《しま》うのと正反対の行き方である。そのために羽織の紐の付処《つけどころ》と締《しめ》加減に巧な手加減がしてあって、どことなく洋服の感じが取り入れてあるように見える。
 同時に、昔は襟足を見せて美感をそそったものを、彼女たちは反対に襟元を心持ちくつろげて、襦袢《じゅばん》の襟を大きく見せながら反《そ》り身になって歩くようである。これは新しい女や外交官の夫人なぞによくある着こなし方である。又は、舶来のフイルムに出て来るキモノの感じを学んだものであろう。裾が長くて締りのないのは云う迄もない。
 但、こんな着こなし方は、強《あなが》ち不良ばかりに限ったわけでもないようである。

     歩き方に現われる特徴

「不良」の中でも、屈指の少女は却《かえっ》て質素な風姿《なり》をしている。
 西洋の諺か何かに、
「本当の悪魔は平凡な人間に見える」
 とあるが、事実かも知れぬ。とにかく、普通の少女と不良少女の区別は出来ないと云った方が早わかりである。
 唯ここに一つだけ、殆ど不良少女に限られた特徴がある。それは足の運び方である。それも、和服に袴《はかま》で靴を穿いている場合に限って見分けられる位、微妙なものである。
 不良少女が行くのをうしろから見ると、所謂「内がま」とも「外がま」とも付かぬ。それかといって真直《まっすぐ》でもない。心持ち爪先が外を向いたり、内を向いたり、一足毎に一定せぬ。
 又、踵を卸《おろ》して次に爪先を地に付ける時、何となくパタリとして力無く見える。普通の少女だと、往来をあるく時は多少に拘らず緊張しているから、爪先を先につけるか、又は爪先と踵を同時に落すところである。
 不良少女のはその腰から股《もも》のあたりにも緊張味がなく、膝の関節の曲り加減が、急ぐともなく、ゆっくりするともなく見える。注意して見ると、サッサとあるく時にもこの気持ちがある。要するに、腰から下の三段の関節に一種の締りが抜けた歩き方と云えば、あらかたわかると思う。
 これは、「普通の家庭に育った少女の不良気分」が、歩き方に反映したものと思う。職業婦人のだともっと硬《こわ》ばるか、ゾンザイに見えるかして、どちらかと云えば男性化した気分があらわれている。
 あれが不良少女と、記者に指さし示された女学生は、一人を除いたあと全部が、この特徴を持ったあるき方をしていた。股《また》をすぼめて恥かし気に歩いて、処女を気取る不良少女は一人も居なかった。

     東京の土を踏んでドキドキと躍る心

 大正十二年の秋以後、東京は特に夥しい人間を吸収した。その中にまじる少年少女は片端から不良化した。そうして本物の不良をドシドシ殖やした。
 その順序を考えて見ることは、この稿の最重要な使命の一つと思う。
 第一、田舎から出て来た少年少女は、永らく東京に住んでいる家庭の子女より堕落し易いというが、さもありそうに思われる。
 少々惨酷な云い方ではあるが、しっかりした身よりがあって東京に来たのは別として、只|無暗《むやみ》に東京にあこがれて吾家《うち》を飛び出したりするのは、東京に着かぬ前から不良性を帯びていると云っていい。田舎を嫌ったり、窮屈がったりして飛び出した気持ちには、既に不良性の種子《たね》が宿っている。「何でも東京へ」とあこがれる気持ちの裡面には、自堕落によく似た自由解放や、虚栄と間違い易い文化的生活に対する欲望がチラ付いている。
 あこがれの東京に着く。
 震災後、思い切って華やかになった東京のすべては、彼等の眼を驚かし、耳を驚かす。面喰らって感じてドキドキキョロキョロする。
 その中《うち》に落ち付いて来る。
 新聞や雑誌で見聞きした東京の風物が、一々実物となって彼等を魅惑し始める。欲しいものがいくらでもある。好ましい男女の姿、羨ましくも自由に楽しげなその身ぶりそぶり、そのまわりに光り、かがやき、時めき、波打つもののすべては、彼等の心を惑わせ、狂わせ、躍らせずには措かぬ。その中《うち》でも「不良性」は真っ先にこの刺戟に感じ易い。

     自分の心から生存競争の邪道へ

 田舎出の少年少女は、東京の「不良」の誘惑がどんなに恐ろしいかを知っている。そんな忠告をうるさがりながらも、自分の清浄|無垢《むく》を信じている。「だから東京に行っても差支えはない」と思う……その心の奥に不良の種が蒔《ま》かれている事を気付かずにいる。そうして、只東京の「不良」の誘惑ばかりを警戒して
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