いるにきまっている。只、記者の心持ち――又は不良本人の意識だけで出来る区別である。そうして、要するにこの記事を読んで下さる人々の理解を助けるために、こうした区別を試みたに過ぎぬ事を含んでおいて頂きたい。

     八幡市の不良団に関する福岡県知事の質疑

 大正十二年の暮の事――。
 沢田福岡県知事から内務当局へ宛て一つの問合せを発した。その内容は今日迄発表されていないが、一時新聞に伝えられた八幡市の不良少年団に関したものであった。
 その意味は大略左の通りであった。
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大正十二年の十一月頃からの事、当福岡県下八幡市に不良少年団が出来た。彼等は父兄監督者の眼を潜って会合協議の上、活動写真式の団体を組織することとし、秘密契約を結び、左の腕を切って血を啜り合い、兄弟の義を固め、兇器等を懐にして活動館の付近に潜伏出没し、誘惑脅迫等の手段を以て良家の子女を窘《くる》しめた。これは東京の震災後、九州方面に流れ込んだ避難民の中に不良少年が居て、こんな事を始めさせたものと考えられるが、貴方の意見如何云々。
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 この質問書を内務省からまわされた警視庁では、大略左の意味の回答をしたという。
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そのようなやり口は必ずしも東京式とは認められぬ。八幡市の不良少年が、ある刺戟によって独立的に思い立ったものであろう云々。
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     三千の不良少年、三百の不良少女

 東京は、こんな風に日本全国から「不良」の本場と考えられているが、実際それだけの価値は充分にある。
 目下警視庁の黒表《ブラックリスト》に控えられている不良少年が約三千、不良少女が約三百もある。然《しか》も一粒撰りの者ばかりで、これ以下の「イケナイ」のは無数だという。東京全市が不良の支配下にあるのではないかと疑われる位である。これ等の不良少年少女は震災後激増して、今日の数に達したものである。
 同時に彼等は、震災後、殆んど全部が郊外に引っ越してしまったのであった。というのは、市内が一時|寂《さび》れて、郊外の町々が大繁昌をした……即ち彼等の狙う相手が市外に避難したのが主な原因である。
 そのほか、郊外に暗い処が多いこと――警察の取締が行届きかねる事――又は東京市の中心に到る電車の距離が長いため誘惑に便利な事――なぞいろいろの原因がある。
 しかしこの頃になって、郊外が万事に不便なのと、道路が悪いので、少し位家賃が高くとも構わずに市内に引返す人が殖えて来た。そのために郊外に空屋が殖《ふ》えて来て、家賃がドシドシ下落するという。
 不良連中もこの春あたりからポツポツ市内に引返すであろう。
 ところで、「不良」と「善良」との区別は一見してなかなか付きにくいので、当局でも家庭でも困っている。何でもないのに不良|気取《きどり》のが居る一方に、不良の方でも研究して、そう見られまいとするからとてもわからない。

     鳥打帽と制服の特徴

 一般に、震災前と震災後とは、東京人の風俗に一大変化を来した。改め切れなかったものが、あの大きなショックで改められたのだと、学校当局や警視庁では云う。しかし、今一層これを深刻に見れば、物質的方面ばかりでなく、精神的方面にもそうである。殊に、堕落気分を持ちながら実行出来なかったものが、あのドサクサに紛れて思い切って堕落したとも見られる。
 或る呉服屋で震災後、絹の上物一切を倉庫にブチ込んだ。こんなものは当分売れまいと思っていたら、豈《あに》計らんや。十日にならぬ中《うち》に売り切れてしまったという。ザッとそういったような気持ちの変り方である。
 その中《うち》に不良のスタイルが生み出された。
 学生間に於ける鳥打帽の大流行は、カフェー、活動、その他に横溢している享楽気分にふさわしい気分のあらわれである。その冠り方や柄で不良かどうかはわかると、狃《な》れた刑事は云う。
 同様に制服にも不良化傾向が現われた。昨年の秋あたり、制服の詰め襟の背を割いて、袖口を腕の処よりも広くした、所謂|喇叭《ラッパ》袖を尾行して行くと、大抵不良行為を発見したと、警視庁の捜索課では云う。甚だしい学生は、制服の背中の中央近くまで裂いているのがあった。袖口を裂いたのもチョイチョイ見受けたと云う。

     不良少女の服装と着こなし方

 不良少女の服装はまちまちで、その筋でも見当が付かぬらしい。職業婦人が出て来て、矢鱈《やたら》と風俗を突飛にするので、いよいよわからなくなるという。成程と思わせられる。
 オールバックに濃化粧、漆《うるし》のような引き眉に毒々しい頬紅口紅をつけ、青地か紫色の綿紗に黒手袋、白絹模様入りの靴下に白鞣《しろなめし》の靴の踵《かかと》を思い切り高くして、虹のようなショールを波打
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