成立する。時間と場所を聴いて、金を払っておきさえすれば、決して間違いはない。
 中には、かような絵葉書屋で、裏二階や何かを利用して待合兼業でやっているのもあると聞いた。
 まだある。

     到る処の怪しい家

 東京市中にある各種のホテル又は宿屋等で、宿屋は宿屋としてチャンと商売していながら、兼業に怪しい男女を泊めるのが大変多い。そんなので通人仲間に名の知れた手堅い? のに泊まって、番頭とか支配人を呼んで頼めば直ぐに電話をかけてくれる。しかし、そんな処へ行くのは、どちらかと云えば平凡な組の通人だそうな。
 まだある。
 東京市の郊外、又は東京市内のちょっとした横町、又は坂道や高台の近くの見晴らしのいい処に、宿屋ともつかず下宿屋ともつかぬ家がよくある。有り体に云えば、同伴客昼夜宿泊所又は仲介業とでも云うべきで、東京市中にいくらあるか知れぬ。夫婦者で、表に「精進上げ」なぞを並べて、二階二間位を使ってコヂンマリやっている式に到っては数限りなかろう。
 但、この程度まで来ると強《あなが》ちに職業婦人に限ったわけでなく、又震災後に限ったわけでもない。昔から東《あずま》にあり来りで、それが最近に到って急にふえたまでのことである。
 この式の宿屋に出入りするものは、良家の子女、純職業婦人はもとより、駈け落ちもの、出来合いものの数をつくして自由自在である。
 東京人の堕落時代は、こうしてあらゆる方面に色彩を深めて行く。
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   下層社会



     安飲食店の女

 東京の上流社会の紊乱《びんらん》は既に書いた。中流社会の堕落と認められている職業婦人の堕落も、以上述べる通りである。
 そんなら下層社会はどうか。
 下層社会の堕落の対象は、大体に於て所謂低級な醜業婦、即ち単純な意味の職業婦人である。どちらかと云えば何等の仮面をも冠《かぶ》らぬ。――初めから醜業婦として客を招く女である。
 この方面に関する記者の報道は極めて簡単で済む。東京市中到る処魔窟ならざるなしという一語で済む。
 天麩羅、おでん、すし、一ぜんめし、酒肴、一品洋食、支那料理、簡易食堂、平民バーといったようなのが東京市中到る処にある。その中の十中八九は怪しいと云ってよい。ほんの申訳《もうしわけ》に食器や空瓶を並べたのが、どうかした横町に行くとザラにある。そこには必ずその白い頬と唇の赤い女が
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