上ります。空腹のお時間を利用して、昼間演芸放送を致します。演題は『街頭歌二曲』、最初は野尻雪情《のじりせつじょう》氏作『銀座の霧』、次は南原黒春《みなみはらこくしゅん》氏作『赤い帽子』、デタラメ・レコード会社専属鬚野房吉氏作曲、自演……了々軒ストーブ前から中継放送……誰だい手をタタク奴は。
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   銀座の霧
夜の銀座にふる霧は ほんに愛《いと》しや懐かしや
敷石濡らし灯《ひ》を濡らし 可愛いあの娘《こ》の瞳《め》を濡らす
夜の銀座にふる霧は ほんに嬉しや恥かしや
帽子を濡らし靴濡らし 握り合わせた手を濡らす

   赤い帽子
この世は枯れ原ススキ原 ボーボー風が吹くばかり
赤い帽子を冠ろうよオ――
赤い帽子が真実《ほんとう》の タッタ一つの泣き笑い
道化踊りを踊ろうよオ――
ああくたびれた」
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「お待遠《まちどお》様。やっとお料理が出来ました。御酒《ごしゅ》は何に致しましょうか。老酒《ラオチュ》、アブサン、サンパンぐらいに致しましょうか」
「ウワア。そんなに上等の奴はイカン。第一|銭《ぜに》が無い」
「オホホ。恐れ入ります。御心配なさらなく
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