たものだから忘れてしまったわい」

     支那料理

「あれから私いろいろと苦労致しましたわ。両親に死別れてから芸妓《げいしゃ》になったり、落語家《はなしか》の兄さんとくっ付いて料理屋を始めたり、それから上海に渡って水商売をやったりして、いくらか大きく致しておりますうちに、上海の戦争で亭主の行方がわからなくなりますし、御贔屓《ごひいき》の旦那様からは見放されるしでね。いくらかスコ焼けになりまして……先生にお隠ししたって始まりませんから、真実《ほんと》のところを申上げるんですけど……私を見放した人には怨《うら》みが残っておりますし、ここに居ります娘さん達が、私から離れませんものですから、一つ乗るか反《そ》るかで日本へ帰りまして、やっと二三箇月前にこんな横ッチョへ店を開きましたのに、モウ先生がお出で下さるなんて縁起がいいどころじゃ御座いませんわ。あたしゃ嬉しくって嬉しくって、胸がモウ一パイ……」
 と云ううちに吾輩の胸へ縋《すが》り付きメソメソ泣き出した。
「いい加減にしろよ。若い女たちが見てるじゃないか。モウ一遍俺の手に縋って辻占を売りに出る年でもあるめえ」
「……これからもドウゾこ
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