た。先ず劈頭《へきとう》のヒットを祝するつもりで一杯傾けるかナ。
 表の硝子扉《がらすど》を押して中に這入ると真暗だ。おまけにシインとしていて鼠一匹動かない。コンナ飲食店はお客が這入ると直ぐに黄色い声で「イラッシャイ」と来ないと這入る気にならないもんだ。ドンナ名医でも病室に這入ると直ぐに「イカガデス」とニッコリしない奴は、病人の方でホッとしないもんだ……何《なん》かと考えながらアンマリ静かなので不思議に思って、直ぐ横の自由|蝶番《ちょうつがい》になった扉をグーッと押開くと驚いた。
 瓦斯《がす》ストーブの臭気が火事かと思うほどパアッと顔を撲《う》った。
 同時に耳の穴に突刺さるような超ソプラノが、一斉に「キャーッ」と湧起《わきおこ》ったと思うと、若い女の白い肉体が四ツ五ツ、揚板をメクられた溝鼠《どぶねずみ》みたいに、奥の方へ逃込んで行った。
 お客様を見てキャーッと云う手はない。しかもダンダン暗がりに慣れて来た眼でそいつ等の後姿を見ると、揃いも揃った赤い湯もじ一貫の丸裸体《まるはだか》で髪をオドロに振乱しているのには仰天した。真昼《まっぴる》さ中《なか》から化物屋敷に来たような気持にな
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