ット高襟《はいから》に見えるから、一つ流行《はや》らしてやろうかと思っていたところじゃが、そんなに有害なものかのう」
「人間の鼻というものは実に都合よく出来ておりますもので……」
「当り前だ。バレンチノだって鼻で持っているんだ。羽振先生だってそうだろう」
 羽振先生、思わず自分の鼻を撫でた。聊《いささ》かバレンチノを自覚していると見える。
「その……当り前でして……鼻の穴の一番前に鼻毛がありまして、その奥に粘膜があります。それから咽頭を通って空気を吸込みますので、その間に色々な黴菌《ばいきん》や、塵埃《ほこり》が、鼻毛や粘膜に引っかかって空気がキレイになります上に、適当な温度と湿気を含んで、弱い、過敏な咽喉を害しないように出来ておりますので……」
「ウン。成る程のう……ところで加賀の国の何代目かの殿様は、家老や奥女中から笑われるのも構わずに鼻毛を一寸以上伸ばして御座ったという話だが、アレは君が教えたのか」
 バレンチノが長い、ふるえたタメ息をした。
「ヘエ。存じませんが……そんな方……」
「よく知らん知らんと云うのう。それじゃ鼻毛のよく伸びる奴は、大てい女好きで長生きをするものだが……
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