。酒に酔うた事ないてや」
「そんならこの腕に喰付いてみんかい」
木乃伊《ミイラ》の爺さん一杯機嫌らしく、片肌を脱いで二の腕を曲げて見せると、真四角い木賃宿《きちんやど》の木枕みたいな力瘤《ちからこぶ》が出来た。指で触《さわ》ってみると鉄と同じ位に固い。
「啖付《くいつ》いても大事ないかえ」
「歯が立ったなら鰻を今《も》一パイ喰わせる……アイタタタ……待て……待てチウタラ……」
廊下を通りかかった女中が吃驚《びっくり》したらしく襖《ふすま》を開けたが、木乃伊《ミイラ》親爺の二の腕に付いてる濡れた歯型を見ると、呆気《あっけ》に取られたまま突立っていた。
親爺は急いで肌を入れた上から二の腕を擦《さす》った。吾輩に喰付かれたが、嬉しいらしく女中を振返ってニコニコと笑った。
「……鰻を、ま一丁持って来い。それからお燗《かん》も、ま一本……恐ろしい歯を持っとるのう。ええそれから……そこで給金の註文は無いかや……」
「無いよオジサン。毎日鰻を喰べて、女郎買いに行かしてもらいたいだけや」
木乃伊《ミイラ》親爺は口をアングリ開《あ》いたまま、眼をショボショボさせていたが、それで話がきまったらしか
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