ない。七十五日ぐらいジッと辛抱しているとダニの方がクタビレて落ちてしまう事もあるが……」
「それがその七十五日なんか待ち切れないので御座いますの。その中《うち》でも或るタッタ一人の方の誤解だけは是非とも解いてしまいませんと、わたくしの立場が無くなるんですの。……でも……それがタッタ一匹の犬から起った事なのですから……スッ……スッ……」
令嬢の眼からポロリポロリと光る水玉が辷《すべ》り落ち初めた。
どうも考えてみると変った娘があればあるものだ。通りがかりのルンペン親爺《おやじ》を応接間に引っぱり込んで最極上の葉巻《ハヴァナ》と珈琲《コーヒー》を御馳走して、生命《いのち》よりも大切な涙をポロポロ落して見せるなんて、だいぶ常識を外《はず》れている。ことによるとこの少女はキチガイの一種である早発性痴呆かも知れないと思った。
「ハハア。面白いワケじゃな……一匹の犬に関係している。タッタ一人の誤解が……」
「そうなんですの……そのタッタ一人の方に誤解される位なら妾死んだ方がいいわ……スッ……スッ……」
「ちょっと待ってくれい。もうすこし落付いてユックリ事情を話してみなさい」
お惚気
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