れる事もある世の中だ。吾輩なんかは乞食以下の掻攫《かっさら》いルンペンと誤解されている世界的偉人だ……と云ってやりたかったが、折角、花のような姿をして葉巻《ハヴァナ》や珈琲を御馳走してくれるものを泣かしても仕様がないと思って黙っていた。
「世間ではナカナカそう思ってくれないので御座いますの」
吾輩は今一つうなずいた。そう云う令嬢の眼付を見ると、どうやら父親の無罪を確信しているらしい態度《ようす》である。吾輩はグッと一つ唾液《つば》を嚥《の》み込んだ。
「いったいお前の父親は、ほんとうに市会議事堂のコンクリートを噛《かじ》ったんか」
「いいえ。断然そんな事、御座いません。この家《うち》を建てた請負師の人が、偶然にかどうか存じませんが、市会議事堂を建てた人と同じ人だったもんですから、そんな誤解が起ったんです。ですから妾《わたし》、口惜《くや》しくって……」
「成る程。そんならお前の父親が、この家の建築費用をチャント請負師に払うた証拠があるんかね」
「ええ。御座いましたの。そのほかこの応接間の品物なんかを買い集めた支払いの受取証なぞを、みんな母が身に着けて持っていたので御座いますが、それが
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