にザラにある珈琲茶碗じゃない。舶来最極上の骨灰[#「骨灰」に傍点]焼だ。底を覗いてみると孔雀型の刻印があるからには勿体なくもイギリスの古渡《こわた》りじゃないか。一つ取落しても安月給取の身代ぐらいはワケなく潰《つぶ》れるシロモノだ。吾輩はルンペンではあるが、有閑未亡人の侍従《ハンドバッグ》をやっていたお蔭でソレ位のことはわかる。亜米利加《アメリカ》の名探偵フィロ・ヴァンスみたいな半可通《はんかつう》とはシキが違うんだ。
「……わたくし……父が御承知の通りの身の上で御座いまして……わたくし迄も世間から見棄てられておりまして……お縋《すが》りして御相談相手になって下さるお方が一人も御座いませんの」
「フムフム……尤《もっと》もじゃ」
「みんな世間の誤解だから、心配する事はないと、父は申しておりますけど……」
吾輩は鷹揚《おうよう》にうなずいて見せた。誤解にも色々ある。とんでもない売国奴が、無二の忠臣と誤解されている事もあれば、純忠、純誠の士が非国民と間違えられる事もある。警察に引っぱられたカフェーの女給が、華族の令嬢に見られる事もあれば、いい加減な派出婦が万引したお蔭で、貴婦人と間違えら
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