グの中には銭なんか一文も無《ね》えや。若い男の写真ばっかりだ。ウワア……変な写真が在ライ」
と云いも終らぬうちに塵埃《ほこり》だらけになって転がっていた狸婦人が鞠《まり》のように飛上った。茶目小僧の手から銀色のバッグを引ったくるとハンカチで鼻を押えたまま一目散に電車道を横切って、向うの角のサワラ百貨店の中に走り込んで行った。アトから犬が主人の一大事とばかり一直線に宙を飛んで行ったが、その狸婦人の足の早かったこと……。
野次馬がドッと笑い崩れた。
「ナアンダイ。聞いてやがったのか」
「向うの店で又引っくり返《けえ》りゃしねえか」
「行って見て来いよ。小僧。引っくり返《け》えってたらモウ一度バッグを開けてやれよ。中味をフン奪《だ》くって来るんだ。ナア小僧……」
「なあんでえ。買わねえ薬が利いチャッタイ」
ワアワアゲラゲラ腹を抱えている中を、吾輩は悠々と立去った。全く助かったつもりでね。
ところが助かっていなかった。女の一念は恐ろしいもんだ。それから間もなくの事だ……。
混凝土《コンクリート》令嬢
「アラッ。鬚野《ひげの》さん……鬚野先生……センセ」
どこからか甲高い
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