に吠え立てる。トタンに通りかかった野次馬がワアーと取巻く。そこいら中がトタンだらけになっちゃって、何がどうして、どうなったんだかテンヤワンヤわからない状態に陥ってしまった。
これを見た吾輩はホッとしたね。この調子なら吾輩が仕出かした事とは誰も気付くまい……と思ったから何喰わぬ顔で野次馬を押分けた。その伸びちゃっている貴婦人の頭の処へ近付いて大急ぎで脈を取って見た。それから瞼《まぶた》を開いて太陽の光線を流れ込まして見ると、茶色の眼玉を熱帯魚みたいにギョロギョロさしている。たしかに、まだ生きている事がわかったので今一度ホッとしたね。
「ワア……テンカンだテンカンだ……」
「そうじゃねえ、行倒れだ」
「何だ何だ。乞食かい……」
「ウン。乞食が貴婦人を診察しているんだ」
「……ダ……大丈夫ですか」
とドジを踏んだ運転手が、吾輩の顔を覗き込んだ。青白い銀狐みたいな青年だ。
「何だ何だ。死んだんか。怪我《けが》をしたんか」
と馳付《はせつ》けて来た交通巡査が同時に訊いた。察するところ、運転手の方は生きている方が好都合らしく、巡査の方はこれに反して、死んだ方が工合がいいらしい口ぶりだ。面喰ら
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