つ思い切って決行した。貴婦人が引っぱっている革の紐のたるんだところを目がけて、例の鋏でチョン切る。トタンに例の手で犬をポケットに納めるという離れ業を試みた……。
 ……つもり……だったがアニ計《はか》らんやだ。天なる哉《かな》、命《めい》なる哉だ。アニが計らずに弟が計ったものと見えて、革の紐をチョン切ったトタンに向うのゴーストップが青に変った。トタンに待構えていた貴婦人が向うへ歩き出す。トタンに手の革紐が軽くなったのに気が付いて振返る。トタンに吾輩が犬の首ッ玉を吊るしてポケットに半分納めかけている現場が見えた。トタンに失策《しま》った……と思った吾輩が、その貴婦人のヨークシャ面《づら》を睨んでニタニタと笑って見せた。トタンにその貴婦人が、鳥だか獣だか、わからない声をあげてフラフラと前へのめった。トタンに横合いから辷《すべ》って来たドッジの箱自動車《セダン》が、その貴婦人の在りもしない鼻の頭を、奇蹟的に突飛ばして停車した。トタンに貴婦人の意識にも奇蹟のブレーキが掛かったらしく両足を上にしてヒャーッと顛覆《てんぷく》する。トタンに吾輩が投出したセパードが御主人のお尻の処を嗅ぎまわって悲し気
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