ったもんだ。
 見たまえ。この通りマントの袖の内側全部が袋になっている。これは吾輩が自身にボロ布《ぎれ》を拾って来て縫付けたもので、このポケットは木綿の手織縞《ておりじま》だ。こっちの大きいのは南洋|更紗《さらさ》の風呂敷で、こっちのは縮緬《ちりめん》だから二枚重ねて在る。これが吾輩独特のルンペン犬の移動アパートなんだ。
 このアパート・マントを一着に及んで、これもこの通り天井に空気|抜《ぬき》の付いた流行色の山高帽を冠《かむ》って、片チンバのゴム長靴を穿《は》いてブラリブラリと市中を横行していたら、いい加減時代|後《おく》れの蘭法《らんぽう》医師ぐらいには見えるだろう。ナニ、モット恐ろしい人間に見える。
 フーム。天幕《テント》を質に置いたカリガリ博士。書斎を持たないファウストか。アハハ。ナカナカ君は見立てが巧いな。吾輩を魔法使いと見たところが感心だ。
 いかにも吾輩が犬を拾う時の腕前は、たしかに魔法だね。到る処の往来にチョコチョコしている仔犬だの、前脚に顎《あご》を乗っけて眠っている犬なぞを、通っている人間が気付かない中《うち》にサッと引掴んで、電光石火の如くこのマントの内側の袋ア
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