留守中に眼を醒まして、吾輩が作り溜めていた液体火薬に手を触れるかドウかしたんだろう。アルコールに溶いた甘ったるい、赤黄色い火薬を、ベルモットの瓶に詰めて、塩と氷に詰めて冷蔵しておいたんだから、事によると酒と間違えて未亡人が喇叭《ラッパ》を吹いたのかも知れない。そいつが腹の中の体温で発火してアレヨアレヨと驚くトタンに、三町四方の霊魂がフッ飛んだんだから思い残す事は無いだろう。もちろん吾輩もアンナに猛烈な炸裂力を持っていようとは思わなかった。分量が二倍の時には四倍の熱……四倍の時には二百五十六倍の高熱を発する事だけは知っていたがね。アトでその爆発の遺跡《あと》をコッソリと見に行った時には文字通り「人間万事夢だ」と思ったね。直径二三町、深さ二十間ぐらいの摺鉢形《すりばちがた》の穴が残っていただけだからね。それ以来何もかも夢だという事をハッキリ自覚した……女ばかりじゃない。人間万事が何一つ当てにならない事を自覚した吾輩は、越中褌《えっちゅうふんどし》の紐《ひも》が切れたみたいな人間になってしまった。する事|為《な》す事が、一つも手に附かない。面白くも可笑《おか》しくもないが、そうかといって死に
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