えら》い人間でも、自分の妻に関する事を他人から話出されたら一応は頭を下げて傾聴すべきものだ。
「ええこの馬鹿野郎。貴様等如きとは何だ。吾輩はこれでも一個独立の生計を営む日本国民だぞ。聊《いささ》かの功績を云い立てにして栄位、栄爵を頂戴して、無駄飯を喰うのを光栄としているような国家的厄介者とは段式が違うんだぞ。日露戦争の時には俺の発明した火薬が露助《ろすけ》にモノをいったんだぞ。日本の医学は吾輩の努力の御蔭《おかげ》で、今日の隆盛を来《きた》しているんだ。しかも吾輩は国家に何物をも要求しない。毎日毎日この通りのボロ一貫で、途《みち》に落ちたものを拾って喰ってるんだ。苟《いやしく》も君のためや、親子兄弟、妻子朋友のためになる事ならば無代償で働くのが日本国民だ。伯爵が何だ。正三位が何だ。そんな乾《ひ》からびた木乃伊《みいら》みたいな了簡だから、伜《せがれ》が云う事を聴かないで家《うち》を飛出すのだぞ」

     女将の凄腕

 多分顔負けしたんだろう、伯爵閣下は、よろよろとよろめいて背後《うしろ》の椅子にドシンと尻餅を突いた。病み犬が逃げ吠えするように、モノスゴイ眼で吾輩を睨んだ。
「黙れ
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