った。

     少年力持

 それから後《のち》、三四年ばかりの間、吾輩は毎日毎日、お祭りの見物の中で、生命《いのち》がけの芸当をやった。金ピカの猿股《さるまた》一つになった木乃伊《ミイラ》親爺の相手になって、禿頭《はげあたま》の上に逆立ちしたり、両足を捉まえて竹片《たけぎれ》みたいにキリキリと天井へ投げ上げられたり、バスケットボールみたいに丸くなって手玉に取られたりするのであったがトテモ面白かった。吾輩みたいな身体《からだ》を不死身と云うのだろう。イクラ遣り損なって怪我《けが》をしても痛くもなければ血も出ない上に、すぐに治癒《なお》る。見物の眼に決して止まらないから便利だ。しまいには木乃伊《ミイラ》親爺がヤケになったらしく、吾輩を掴まえて死ねかしの猛烈な芸当をやらせ続けたが、どうしても死なないので驚いているらしかった。
 そればかりじゃない。吾輩は別にタッタ一人で時間つなぎに少年|力持《ちからもち》をやった。自動車に轢《ひ》かれたり、牛の角を捉まえて押しくらをしたり、石ころを噛み割ったり、錻力《ぶりき》を引裂いたりする片手間に、振袖を着た小娘に化けて……笑っちゃいけない、これでも鬚《ひげ》を剃ると惚れ惚れするような優男《やさおとこ》だぞ……手品の手伝いみたいなものを遣っているうちに、困った事が出来た。
 ……というのはホカでもない。前にも云った通り、コツコツの木乃伊《ミイラ》親爺と、その頃まではまだ紅顔の美少年だった吾輩が組んで、大車輪で演出する死物狂いの冒険軽業が、吾輩の第一の当り芸であると同時に、この一座の第一の呼物であったんだが、その芸当の最中の話だ。毎日毎日一度|宛《ずつ》、芸当の小手調べとして親爺と揃いの金ピカの猿股を穿いた丸裸体《まるはだか》の吾輩が、オヤジの禿頭の上に逆立ちをする事になっていたんだが、そいつを毎日毎日繰返しているうちに、そのオヤジの禿頭のテッペンにタッタ一本黒い、太い毛がピインと生えているのに気が付いたもんだ。
 世の中というものは妙なものだね。その黒い毛の一本が、木乃伊《ミイラ》親爺の生命《いのち》の綱で、この一座の運命の神様だった事を、その時まで夢にも気付かなかった吾輩は、その毛を見るたんびに気になって気になって仕様がないようになった。第一いつ見ても真直にピインと垂直に立っているのが不思議で仕様がない。伸びもしなければ縮みもし
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