糞《やけくそ》になってしまった。
「馬鹿。銭があったら嬶《かかあ》を持つワイ。感化院の房公《ふさこう》を知らんケエ」
とタンカを切ってやったら牛太の奴吾輩の襟首を掴《つか》んでギューギューと小突きまわした。序《ついで》に拳固《げんこ》を固めて吾輩の横面《よこつら》を一つ鼻血の出る程|啖《く》らわしたから、トタンに堪忍袋の緒が切れてしまった。さもなくとも燃え上るようなホルモンの遣《や》り場に困っている吾輩だ。襟首を掴んでいる牛太郎の手の甲をモリモリと噛み千切《ちぎ》りざま、持って生まれた怪力でもって二十貫ぐらいある豚野郎を入口の塩盛《しおもり》の上にタタキ付けた。それから失恋のムシャクシャ晴しに、駈付けて来た二三人の人相の悪い奴を向うに廻わして、下駄を振上げているところへ、通りかかった角力取《すもうとり》の木乃伊《ミイラ》みたいな大きな親爺《おやじ》が仲に這入《はい》って止めた。止めたといってもその親爺が無言のまま、片手に吾輩の襟首を掴んで、喧嘩の中から牛蒡《ごぼう》抜きに宙に吊るしたまま下駄を穿《は》かしてくれたので万事解決さ。相手のゴロツキ連中もこの親爺の顔を知っていたと見えて、猫みたいにブラ下がっている吾輩に向ってペコペコお辞儀していたが、可笑《おか》しかったよ。
それからその親爺に連れられて、そこいらの河ッ縁《ぷち》の綺麗な座敷に通されてみるとイヨイヨ驚いたね。その親爺が坐っていても吾輩の立っている高さぐらいあるんだ。どこで胴体が継足《つぎた》してあるんだろうと思って荒っぽい縞《しま》のドテラを何度も何度も見上げ見下した位だ。おまけにツルツル禿《はげ》の骸骨みたいに凹《へこ》んだ眼の穴の間から舶来のブローニングに似た真赤な鼻がニューと突出ている。左右の膝に置いた手が分捕《ぶんどり》スコップ位ある上に、木乃伊《ミイラ》色の骨だらけの全身を赤い桜の花と、平家蟹の刺青《ほりもの》で埋めているからトテモ壮観だ。向い合っているうちに無料《ただ》でコンナ物を見ちゃ済まないような気がして来た。
そこで吾輩は生れて初めて鰻の蒲焼なるものを御馳走になったが、その美味《うま》かったこと。モウ吾輩は一生涯、この親分の乾児《こぶん》になってもいいとその場で思い込んでしまったくらい感激しちゃったね。
それからポツポツ様子を聞いてみると、その木乃伊《ミイラ》親爺の商売は見世物師《
前へ
次へ
全66ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング