切お構いなしで、持って生まれた一瀉千里《いっしゃせんり》のペラペラを続けた。
「ホホホホホホホ、ほんとに怪《け》しからないお話で御座いますよ。こうした行き違いのソモソモがどこから始まっておりますか、私どもは無学で御座いますから、わかりませんが、とにかくこれは容易ならない伯爵家の大事件と存じましてね。万一このようなお話が、外へ洩れるような事があっては大変と存じましたから、わたくしの一存で、色々と苦心致しました揚句、山木さんのお留守居の人達に承知させまして、手前共の店に居ります娘たちの中《うち》で一番お嬢様によく肖《に》ておりますツル子と申します女優の落第生を、山木さんの処へ換え玉に入れて世間体《せけんてい》をつくろいまして、お嬢様を私の処へお匿《かく》まい申上げました。そう致しまして外務省から病気休暇をお取りになったコチラの若様と御一緒に、お好きの処へ新婚旅行にお出し申しましたが、もう十分にワインド・アップがお済みになって、東京のどこかへお帰りになっている筈で御座いますよ。近頃のお若い方は何でもスピードアップなさるのがお好きで御座いますからね」
「ううむ。いよいよ以てケシカラン……」

     伯爵ネギリ倒し

「ホホホ。そう致しましたら何しろタッタ一人のお世継の事で御座いますから、伯爵様がキット若様をお探しになるに違いない、その御心配の潮時を見計《みはか》らいまして、私がコチラへお伺い致しまして、万事のお話を拝聴致しまして、失礼では御座いますが御家の御為になりますように取計らいたいと存じた次第で御座いますがね。まことに怪《け》しからぬ御恩報じとは存じましたが、無学な私どもの才覚には、ほかに致しようが御座いませんでしたのでね、ホホホ」
「……………」
「ところが、そのうちに私の処から換え玉に這入っておりましたツル子と申します女が退屈の余りで御座いましょう。ツイ芝居気を出しましてね。お嬢さん生活の退屈|凌《しの》ぎに、そのテル子さんの大切な犬が盗まれているのを、この鬚野先生に取返して下さるようにお頼みしたところから事が起りまして、とどのつまり、鬚野先生が私どもの処へ偶然お乗込みになって、こちらの小伯爵様とそのテル子嬢を御一緒にするかどうかっていう御相談がありましたから、これは何よりの事と存じまして、こうしてお伺い致しました次第で御座いますが、如何で御座いましょうか。こ
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