ておりましたが、今日は又思いがけなく、コチラの若様の事で、是非ともお伺いしなければならぬ事が出来ましたので、序《つい》でと申しては何で御座いますが、みんな引連れて御伺い致しましたような事で御座います。オホホホホホ」
老伯爵は棒立ちに突立ったまま、[#「、」は底本では「。」]眼を白黒させて唾液《つばき》を嚥《の》んだ。吾輩も余りの事に、棒立ちに突立ったまま、唾液《つばき》を嚥まざるを得なくなった。
言語道断
「私が若様を存じ上げていると申しましたら不思議に思召《おぼしめ》すで御座いましょう。ところが若様は流石《さすが》にチャキチャキの外交官でおいで遊ばすのですから抜け目は御座いません。伯爵様が、私どもの店を御贔屓になっております事を、よく御存じでね。外務省の御用で上海へお出でになるたんびにお父様の御遺跡を御覧になりたいと仰言《おっしゃ》って私どもの処へお立寄りになりましたので、私どもでも特別念入りに御世話申上げましたところが、大層|御意《ぎょい》に叶《かな》いましたらしく、ずっと引続いて今日まで御引立を蒙《こうむ》っているので御座いますよ。ホホホホホホホホ。
……そう致しましたらね。私どもがコチラへ参りましてからの事で御座いますよ。若様が、わざわざ私どもの処へお運び下さいまして、コンナ御相談をなさるので御座います。……自分が仏蘭西《フランス》から帰った後《のち》に、山木という市会議員のお嬢さんのテル子さんと仰言る方と婚約していたら、その山木さんが疑獄で別荘にお出でになったとかで、伯爵様が、そのお嬢様との婚約を諦めてしまえ、羽振さんからの婚約の申込を受けろと仰言って、どうしても御承知にならない。一方にそのお嬢様のおウチではお母様が脳の御病気で入院なすって、当分お帰りになる見込がなくなった上に、お父様のお妾《めかけ》さんだか何だかわからない女が、図々しく家政婦とか何とかいって乗込んで来てお嬢様のテル子さんを邪魔にするので、テル子様は泣きの涙で暮しておいでになるのが若様としては見ちゃいられないが、これはドウしたらいいだろうと仰言って、私に御相談が御座いました」
「ううむ。怪《け》しからん奴だ。親に相談すべき事を……ううむ」
と老伯爵が唸った。こうなると伯爵もへったくれもあったものじゃない。父親としての面目までも、丸潰れの型なしだ。しかし女将《おかみ》は一
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