悠々閑々と思案する……などいう事は今のスピード時代には望まれない事かも知れない。
作者の道楽かもしくは、お庭の石を彼方《あっち》此方《こっち》と動かしては眺めるのと同じ格の一種の隠居仕事かも知れないと思われる。
妙なものと云おうか、又はありがたい事と云おうか、ここに一つ不思議な現象がある。
最初はいい加減な名前で我慢して、そのうちにいい名前を附けてやるつもりで筋を進めて行く中《うち》に、その名前と、その人物が、いつの間にかシックリして来て、到底切り離すことが出来なくなる場合が非常に多い。
最初は不似合に思っている名前でも原稿紙の十四五枚も書いて行く中《うち》に、その名前を書いただけで、その人物の顔形から、背丈、体格から、その地位、趣味、ステッキやハンドバックの色恰好、その書斎に並んでいる愛読書の種類まで一ペンにズラリと眼の前に浮かみ上って来るようになるので、そうなると、ほかの名前を持って来ても絶対に受付けられなくなる。それを読者に対する気兼ねや何かで、無理にほかの名前に改名させると、全然別人の感じになってしまって全体の筋から書き直さなければならなくなる事が度々《たびたび》であ
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