そこへカント・デックが何か合図をしたのでしょう。ズット背後《うしろ》の方の薄暗い処の扉《ドア》が開《あ》いて、青い菜《な》ッ葉服《ぱふく》を着た顔中髯だらけの大男が一人トロッコをノロノロと押しながら出て来たんです。その時まで気が付かなかったんですが、その入口から肉挽《にくひき》器械の前まで幅の狭い軌道《レール》が敷いて在ったんで……その菜ッ葉服の男が押しているトロッコが、あっし等の眼の前まで来て停まりますと、そのトロッコの上に乗っているものの上に被《かぶ》せた白い布片《きれ》をカント・デックが取除《とりの》けました。そうして思わず「ワッ」と云って逃げ出そうとするあっし[#「あっし」に傍点]をガッシリと抱きすくめてしまいました。
 それは若い女の丸裸体《まるはだか》の死体だったのです。しかもその小さな下唇を前歯で噛み破ったらしく鼻の下から乳の間へかけてベットリとコビリ付いている血が、水銀燈に照らされて妙に黝《くろ》ずんだ腮鬚《あごひげ》みたいに見えるのです。おまけにその右の手の中に何かしら大切なものを握り込んでいるらしく、シッカリと握り固めている上から左の手を蔽《おお》いかぶせてピ
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