っているんで、ジメジメと濡れたタタキの上には机も、椅子も塵《ちり》っ端《ぱ》一本散らかっておりません。ただ向うの隅の水銀燈の下に、大きな大理石の臼《うす》みたようなものがあって、その中で天井から突出たモートル仕掛けの鉄の棒がガリガリガリガリと廻転しているだけなんです。つまり特別|誂《あつら》えの大きな肉挽《にくひき》器械ですね。博覧会の中で見たことのあるソーセージ製造器械なんです。
 しかしスッカリくたびれ切って、物を考《かんげ》える力も何もなくなっていたあっし[#「あっし」に傍点]にはソレが何の意味なんだかサッパリわかりませんでした。……ハテナ……蓄音機屋の地下室が、腸詰《ちょうづめ》工場になっているのか知らん。コンクリの床の上をズルズルと引き摺《ず》られながら、その臼の処へ連れて行かれましたが、別に怖くも何ともありませんでした。
 けどもカント・デックに首ッ玉を押えられてその臼の中を覗かせられた時には、思わずゾッとして手足を縮めちゃいましたよ。その臼は、もちろん底抜けなんで、その底の抜けた穴の上にステキに大きな肉挽き器械のギザギザの渦巻きが、狼の歯みたいに銀色に光りながらグラグラグ
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