お酒のお肴《さかな》になるようなお話じゃねえんで……何なら御免を蒙《こうむ》りてえんで……。
 ヘエッ。奥様はソンナお話が大《だい》のお好きと仰言《おっしゃ》る……恐れ入りやしたなあドウモ。そんな話を聞いてる中《うち》に眼尻が釣上って来て自然と別嬪《べっぴん》になる……新手《あらて》の美容術……ウワア。エライ事になりましたなあドウモ。あっし[#「あっし」に傍点]の嬶《かかあ》なんぞはモウ以前《せん》に水天宮で轆轤首《ろくろっくび》の見世物を見て帰《けえ》って来ると、その晩、夜通し魘《うな》されやがったもんで……ほかじゃあ御座んせん。手前《てめえ》の首が抜けそうで心配になっちゃったんだそうです。……ヒヤア、抜ける抜けるとか何とか詰《つま》らねえ声を真夜中出しやがるんで……篦棒《べらぼう》めえ、抜ける程の別嬪と思ってやがるのか……ってんで、背中を一つドヤシ付けてやりましたらヤット正気付きましたがね。あれがドウモいけなかったようで……とうとう一生涯、別嬪にならず仕舞《じま》いで、惜しい事をしましたよ。まったく。ヘヘヘ。世の中は変れば変るもんでげす。
 あっし[#「あっし」に傍点]が二十七の年
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