にメイ・フラワ・ビルの様子を探ると、出入りする奴はみんな変装した前科者ばかりなんで、イヨイヨそれと目星を附けて水も洩らさねえように手配りをきめた二十人ばかりのプレーグの配下《てした》が、アッという間もないうちにメイ・フラワ・ビルの地下室から七階まで総マクリにしてしまいました。双方とも怪我《けが》人や死人が出来たりして一時は戦争みたいな騒ぎだったそうですが、あっし[#「あっし」に傍点]はチットも知りませんでした。そこから抱え出されて聖路易《セントルイス》の市立病院の病床《ベット》に寝かされても相も変らず「わんかぷ、てんせんす」をやっていたそうです。
 ……ところで、まだ話があるんです。これからがホントに凄いんですね。

 あっし[#「あっし」に傍点]があらん限りの注射と滋養物のお蔭で、やっとモトの頭になって退院させられた時はもうユーカリの葉が散っちゃった秋の末で、博覧会なんかトックの昔におしまいになっておりました。退院すると直ぐに警察に呼び出されて、ほんの型ばかりの訊問を通訳附きで受けますと、領事さんからの旅費を貰って桑港《シスコ》から日本へ帰りましたが、その途中のことです。たしか出帆してから十日目ぐらいのお天気のいい朝でしたがね。あんまり航海《ナベゲタ》が退屈なもんですから、眼が醒めても起き上る気がしません。そのまんま特別三等《とくさん》の寝床の中で足をツン伸ばしてアーッと一つ大きな欠伸《あくび》をしたもんですが、そのトタンに桑港《シスコ》で知り合いの領事館の人からお土産に貰った小さな紙包みのことを思い出しました。ハテ何だったろうと思いながら、寝床の下のバスケットの中からその紙包を取り出して開けてみると、どうでげす。それが平べったいソーセージの缶なんで……。
 コイツは占めたと思って飛び起きると、食堂から五十二|仙《セント》の日本ビールを一本買って来て、ベットの上にアグラを掻きながら、缶の蓋を開けて、美味《うま》そうな腸詰《ちょうづめ》の横ッ腹をジャクナイフで薄く切り初めたもんですが、その中《うち》に何やらナイフの刃《は》に搦《から》まるものがあります。……ハテ……おかしいなと思いながら、そのナイフの刃を暗い窓あかりに透かしてみるとソイツが黒い女の髪の毛なんで……あっし[#「あっし」に傍点]はドキンとしましたよ。それでもマサカと思いながら今のソーセージの切口をよく見ると、薄桃色の肉の間に何だか白い三角|型《がた》のものが挟まっているようです。ハテナと思い思いホジクリ出してみると、そいつがどうです。三|分角《ぶかく》ぐらいの薄桃色の紙片《かみきれ》の端なんで……永いこと赤い肉の間に挟まってフヤケちゃっているんですから色合いなんかアテになりませんし、紙の質だって支那出来のレターペーパだか何だか、わかったもんじゃ御座んせんが、それでもその紙が、その黒い髪の毛と一つ所《とこ》に這入っていたことだけは間違いねえんで……。
 それでもマサカ……とは思いましたがドウモ変な心持ちになりましたよ。あっし[#「あっし」に傍点]に惚れていたフイ嬢《ちゃん》が、あっし[#「あっし」に傍点]の身代りにソーセージになって、ここまで跟《つ》いて来たんじゃねえか……ナンテ考《かんげ》えておりますと、最早《もはや》、ビールの肴《さかな》どころじゃ御座んせん。こっちの頭がソーセージみたいにゴチャゴチャになっちまいました。世界の丸っこい道理がズンズンとわかって来るように思いましてね……まったく……ヘエ……。
 ……ヘエ。どうも奥様……いろいろと御馳走様で……これで御免を蒙りやす。



底本:「夢野久作全集6」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年3月24日第1刷発行
※底本の「腸詰《ソーセージ》にに」を、「腸詰《ソーセージ》に」に改めました。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2004年1月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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