、人間の運てえものはドコまでも不思議なもので……ヘエ……。

 博覧会の方では大騒ぎだったそうです。あっし[#「あっし」に傍点]と二人の女がダシヌケに行方不明になったてんで警察に頼んだり何かして騒いだそうですが、わかる気づかいはありませんや。気の毒なのは藤村さんで、あっしの代りに礼服《フロッキ》を着て台湾館の前に立たされて、代りが出来るまでノスタレ爺《じい》と一所に「わんかぷ、てんせんす」をやらされたもんだそうで、二三日やってる中にお尻のポケツへジャラジャラ銀貨が溜まったのはいいが、声がスッカリ嗄《か》れちゃって電話にかかれなくなっちゃったそうで……無理もありませんや。木遣りなんか唄ったこたあねえんですからね。おまけに怒鳴りながらも、ずいぶん気も揉《も》んだそうですからね。……多分あっし[#「あっし」に傍点]が二人の女を誘拐《かどわか》したんだろうテンデ、あべこべに世話あした支那料理店《しなりょうりや》から台湾館が損害を取られそうになっちゃったそうで……大工の治公《はるこう》って奴はソンナ大それた人間じゃねえテンデ藤村さんが一生懸命、頑張ってくれたそうですがね。
 そのうちに聖路易《セントルイス》の何とか云いましたっけが、目貫《めぬき》の通りに在るホテルの七階の屋上に夜遅くなってから幽霊が出る。そいつがドウヤラ新聞に出た台湾館の行方不明の客呼び男らしいていう噂がホテルのお客さんたちの間に立ち初めました。馬鹿馬鹿しい怪談《おばけばなし》ですがね……治公《はるこう》がまだチャント生きているのに幽的《ゆうてき》が出る筈はないんですが、毛唐って奴は元来ゾッコン怪談《おばけばなし》が好きなんだそうで……つまらねえものを怪談《おばけ》にしちまう癖があるんだそうですが、そんな噂がどこともなく散り拡がって行く中《うち》に運よくギャング連中の耳に這入らないまに、藤村さんの耳に這入ったもんです。
「貴女《あなた》……お聞きになりましたか、あのホテルのお化けの話を……」
「イイエ。まだ聞きませんわ。聞かして頂戴」
「一週間ばかり前からの事です。真夜中の二時頃……電車の絶《と》まる頃になるとあのホテルの屋上庭園のマン中に在る旗竿の処へフロッキコートを着た日本人の幽霊が出るんです。ホラ直ぐそこに若いスマートな男と、赤っ鼻の禿頭《はげあたま》が立っているでしょう。あの通りの姿で幽霊が出て来て、あの通りの事を云うんだそうです」
「アラ怖い……ホント……」
「ホントですとも……それがあの新聞に出た行方不明の……ホラ……ずっと前に来た時にあすこに立っていたでしょう。ミスタ・ハルコーっていうあの男の姿にソックリなんだそうです」
「まあ……ホテルじゃ困っているでしょうねえ」
「ところが反対《あべこべ》ですよ。お蔭で屋上庭園に行く者は一人も居なくなった代りに、その声を聞きに行く者であのホテルは一パイなんだそうです。警察ではまだ知らないそうですが、あの日本人の行方不明事件はあのホテルと台湾館とが組んでやっている日本人一流の宣伝方法に違いないってミンナ云っておりますがね」
「シッ聞えるわよ。日本人に……」
「ナアニ。彼奴《あいつ》等は英語がわかりやしません。暗記した事だけを繰り返している忠実な奴隷なんですから……」
 こんな話を入口の近くの卓《テーブル》でやっているのを小耳に挿んだ藤村さんが、指を折って数えてみると、ちょうどあっし[#「あっし」に傍点]が行方不明になってから八日目だったそうです。
 藤村さんは西洋通ですから直ぐにピインと来たんでしょう。直ぐにその晩ホテルへ泊って、夜中の二時頃コッソリと屋上庭園へ来てみると世にも哀れっぽい微《かす》かな微かなあっし[#「あっし」に傍点]の声で、
「じゃぱアーん。がばアーンめんとオー。ふおるもっさあアー。うう……ろん……ちいイイイ。わんかぷう……ウ。てんせえんすう――ッ……」
 てやっているんだそうです。そこで藤村さんは胸をドキドキさせながら抜き足、さし足その声の聞える方に近付いてみると、その声の主は屋上庭園のどこにも居ない。その向い側のメイ・フラワ・ビルデングの七階の片隅に在る真暗な小窓の中から聞えて来る事が、夜が更けて来るにつれてハッキリとわかって来た……というんです。
 しかし亜米利加通の藤村さんは決して慌てませんでした。何喰わぬ顔をして翌る朝、台湾館へ帰って来ると直ぐに華盛頓《ワシントン》の大使に頼んで、紐育《ニューヨーク》のプレーグっていう腕っこきの警察官に頼んだものだそうです。
 ちょうどそのプレーグっていう警察官は一生懸命になってギャングの巣を探していたところだったそうで、早速|紐育《ニューヨーク》の警視庁へズキをまわして取っときの刑事や巡査を借りて聖路易《セントルイス》へ乗込んで、土地の警察へも知らさないよう
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