ラと廻転しているのですから落っこったら最後、何もかもおしまいでさあ。頭から尻までゴチャゴチャになってしまうんですからドンナに有難いお経を聞かされたって成仏《じょうぶつ》出来っこありません。
「あなた。この中に這入ること好きですか……仕事しますかしませんか」
流石《さすが》のあっし[#「あっし」に傍点]も……流石でなくたってヘタバッちまいますよ。イクラ元気を出そう……好きじゃありません……と云おうと思っても身体《からだ》中がコンクリートみたいになってガタガタ震え出すんですから仕様がありません。お笑いになりますけどもその場へ行って御覧なさい。ナカナカそう平気でいられるもんじゃ御座んせん。自分が何を考《かんげ》えていたか、今でも記憶《おぼ》えていない位なんで、多分気絶する一歩手前だったのでしょう。タッタ一つ眼に残っているのはあの鉛色の水銀燈のイヤアな光りだけなんで……まったくあの陰気臭い生冷《なまづ》めてえ光りばっかりは骨身に泌みて怖ろしゅうがしたよ。ネオン・サインが極楽の光りなら水銀燈は地獄のアカリなんでしょう。生きた人間でも死人に見えるんですからね。今思い出してもゾオッとしちまいますよ。
そこへカント・デックが何か合図をしたのでしょう。ズット背後《うしろ》の方の薄暗い処の扉《ドア》が開《あ》いて、青い菜《な》ッ葉服《ぱふく》を着た顔中髯だらけの大男が一人トロッコをノロノロと押しながら出て来たんです。その時まで気が付かなかったんですが、その入口から肉挽《にくひき》器械の前まで幅の狭い軌道《レール》が敷いて在ったんで……その菜ッ葉服の男が押しているトロッコが、あっし等の眼の前まで来て停まりますと、そのトロッコの上に乗っているものの上に被《かぶ》せた白い布片《きれ》をカント・デックが取除《とりの》けました。そうして思わず「ワッ」と云って逃げ出そうとするあっし[#「あっし」に傍点]をガッシリと抱きすくめてしまいました。
それは若い女の丸裸体《まるはだか》の死体だったのです。しかもその小さな下唇を前歯で噛み破ったらしく鼻の下から乳の間へかけてベットリとコビリ付いている血が、水銀燈に照らされて妙に黝《くろ》ずんだ腮鬚《あごひげ》みたいに見えるのです。おまけにその右の手の中に何かしら大切なものを握り込んでいるらしく、シッカリと握り固めている上から左の手を蔽《おお》いかぶせてピ
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