た事ばっかりは今でも骨身にコタえて記憶《おぼ》えております。その睨みにぶつかったフイ嬢《ちゃん》が、真青になってフラフラとブッ倒おれそうになったんですからね。あっし[#「あっし」に傍点]もズット後《あと》になって、そのチイ嬢《ちゃん》の睨みの恐ろしい意味がわかってスッカリ震え上がっちゃったもんですがね。
 その晩のことです。あっし[#「あっし」に傍点]は台湾館の地下室で一緒に寝ているノスタレ爺に感づかれないようにソーッと起き出して、首尾よく台湾館を抜け出しちゃいました。それから約束通り噴水の横でチイ嬢《ちゃん》に会って、演芸館の裏で夜間出勤のサンドウィチマンを二人買収して、チイ嬢《ちゃん》と二人で薄い布張りの四角い箱の中に這入って、入口の看守にテケツだけ見せて会場を抜け出しました。アトから考《かんげ》えるとあっし[#「あっし」に傍点]ゃこの時にいい二本棒に見立てられていたんですなあ。節劇《ふしげき》の文句じゃ御座んせんが「殺されるとは露《つゆ》知らず」でゲス。屠所《としょ》の羊どころじゃねえ。大喜びで腸詰《ソーセージ》になりに行ったんですからね。
 博覧会の会場を出るともう、カイモク西だか東だかわからねえ聖路易《セントルイス》の町つづきでさあ。イルミネーションの海の底を続きつながって流れて行く馬車と電車の洪水でサ。その頃はまだ亜米利加にも円タクなんてもの[#「もの」に傍点]が無かったんですからね。
 あっし[#「あっし」に傍点]の先に立ったチイ嬢《ちゃん》は、一町ばかり行った処の薄暗い町角に在るポストの下で立停《たちど》まりましたから、あっし[#「あっし」に傍点]もその横で立停まって巻煙草に火を点《つ》けました。すると間もなく白い馬を二頭附けた立派な馬車が来て、ポストの前に止まりましたが、それを見るとチイ嬢《ちゃん》はイキナリ広告《サンドイチ》の服を脱いで地面《じべた》に放り出して、その馬車に飛乗って手招きするんです。ですからあっし[#「あっし」に傍点]も慌てて女の真似をして馬車に飛乗るトタンに、前後左右のスクリンを卸《おろ》したチイ嬢《ちゃん》があっし[#「あっし」に傍点]の首ッ玉にカジり付いてチュウッ……ヘヘヘ……どうも相すみません。ここがヤッパリその本筋なんで……このチュッてえ奴が腸詰《ソーセージ》の材料《タネ》に合格の紫《アニリン》スタムプみてえなチューだっ
前へ 次へ
全26ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング