ネバ河口の信号所の地下室で作り出して欧羅巴《ヨーロッパ》方面の密使に使用しておったものじゃが、この頃日本の機密探知手段が極度に巧妙になって来たのでヤリ切れなくなって使い始めたものに違いない。事によると今度が皮切りかも知れんて……」
「人間レコード……人間レコード……」
「ウム」
支那人風の巨漢《おおおとこ》は唖然となっている相手の顔を見下して大笑した。
「アハハハ。モウ手配はチャントしてあるよ。君の手におえん位の奴ならモウ人間レコードにきまっとるからのう。ハハハ」
山陽線の厚狭《あさ》を出たばかりの特急列車、富士号がフル・スピードをかけて南に大曲りをしている。今まで列車の尻ベタに吸い付いていた真赤な三日月をヤット地平線上に振り離したばかりのところである。
展望車に接近した特別貸切室の扉《ドア》の前に、二十二三ぐらいのスマートな青年ボーイが突立ったまま凭《もた》れかかってコクリコクリと居睡《いねむ》りをしている。その毛布の下から出た一本の細い、黒いゴム管が、ボーイの上衣の下から、何気なく後に廻わした左手の指先に伝わって、お尻の蔭の扉《ドア》の鍵穴に刺さっている。音も何もしない。ボ
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