て安心していやがる」
「エッ。人間レコード……」
 少年ボーイがビックリしたらしく眼を丸くした。青年ボーイの凄味に冴えかえった顔を見上げて唇をわななかした。
「ウン。この爺《じじい》が人間レコードなんだよ。アンマリ度々人間レコードに使われるもんだからコンナに瘠せ衰えているんだ」
「人間レコード……」
 少年ボーイはさながら生きた幽霊でも見るかのように、暗い逆光線をゲッソリと浮出させた老人の寝顔を見下した。
「ウン。今見てろ。このレコードを回転させて見せるから……」
 青年ボーイの手が敏活に動き出した。老人の胸を掻き開いて、肋骨の並んだ乳の上に無色透明の液二筒と茶褐色の液一筒と都合三筒ほど、慣れた手付で注射をした。そのまま窓を閉めて扉《ドア》の外へ出ると帽子を冠り直して、少年ボーイが捧げる水瓶とコップのお盆を受取って、ツカツカと展望車に歩み入った。ズッと向うの籐椅子《とういす》のクッションに埋まっている、派手な姿《なり》した白人のお婆さんの前に近付いた。
「ヘイ。お待遠さま」
「アリガト」
 そう云った口紅、頬紅の嫌味《いやみ》たらしいお婆さんが青年ボーイの手に何枚かの銀貨を渡すと、彼は帽子を脱いで意気地なくペコペコした。
「マア……キレイ……お月様……」
 老婦人が指《ゆびさ》す方を見ると又も一曲りした列車の後尾に、醜い黄疸色をした巨大な三日月が沈みかかっていた。
 青年ボーイはニッコリと笑って首肯《うなず》いた。今一度帽子を脱いで展望車から出て行った。

 一等車のボーイ室では少年ボーイが、山のように積上げた乗客の手荷物を片付けていた。トランク、信玄袋《しんげんぶくろ》、亀の子|煎餅《せんべい》、バナナ籠、風呂敷包み……その下から出て来た、ビラの付かないズックの四角い鞄の中から受話器を取出して耳に当てた。そこへ帰って来た青年ボーイが身体《からだ》で入口を蔽いながら笑った。
「馬鹿……見付かったらドウする」
 少年ボーイは顔を真赤にした。慌てて受話器をズック鞄の中へ返したが、その眼は好奇心に輝いていた。
「何か聞こえるかい」
「ええ。あの爺《じじい》のイビキの声が聞こえます。すこしイビキの調子が変ったようです」
「コードの連絡の工合はいいな」
「ええ上等です。あの豆電燈のマイクロフォンも、この部屋へ連絡している人絹コードも僕の新発明のパリパリですからね」
「ウン。今
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