して拡げたり、いろんなものをジッと見つめたり、人の顔らしいものを地べたに描《か》いては消したりして遊んだ。それから日が暮れて、女中と一緒にお茶の間で、御飯をたべてしまうと間もなく片隅に敷いてある寝床の中に、湯タンポを入れてもらって、小さな身体《からだ》をもぐり込ませる。それでも朝寝坊は今までの通りにしたので、どうかすると二三日も母親の顔を見ないことがあった。
「どうしてあなたは、そんなに朝寝をするのですか」
 或る朝、珍らしく出て行かなかった母親がこう尋ねると、チエ子はいつもの通り母親の顔を見つめながら、下唇をムツムツさしていたが、やがてオズオズとこう答えた。
「あのね……あたし、お母さまとおネンネしなくなってから、夜中にきっと眼がさめるの。ソウスルトネ……電燈《でんき》が消えて真っ暗になっているの。ソウシテネ……上の方をジイ――と見ていると、お向家《むかい》だの、お隣家《となり》だの、おうちのお庭にあるゴミクタだの、石ころだのが、いろんな人の顔になって、いくつもいくつも見えて来るの……ソウシテネ……それをヤッパシじいっと見ていると、そんな人の顔がみんな一緒になって、いつの間にかお父さまの顔になって来るのよ……ソウシテネ……それをモットモット、いつまでもいつまでも見ていると、おしまいにはキットあたしを見てニコニコお笑いになるの……ソウスルトネ……そのお父様と、いろんな事をして遊んでいる夢を見るの……大きな大きなお船に乗ってネ……綺麗な綺麗なところへ行ったり……ソレカラ……」
「いけないわねえ子供の癖に……夜中に睡られないなんて……困るわね……どうかしなくちゃ」
 と云い云い母親は、こころもち青褪《あおざ》めた顔をして、チエ子の大きな眼をイマイマしそうに見つめていたが、やがて、急にわざとらしくニッコリして手を打った。
「……アッ……いいことがあるわよチエ子さん。お母さんがネ……おいしいお薬を買って来て上げましょうネ。ソレをのむとキッとよく睡られて、朝早く起きられますよ……ネ……晩によくオネンネをして、朝早く起きる癖をつけとかないと、今に学校に行くようになってから困りますからね……ネ……ネ……」
 チエ子は不思議そうな顔をしいしい温柔《おとな》しくうなずいた。そうしてその晩から、母親に丸薬をのまされて寝ることになったが、そのお蔭かして、あくる朝は割り合いに早く眼をさまし
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