して、財産の横領を企てているのじゃないかと疑い得る理由があるのです。その弁護士は非常に交際の広い、一種の世間師という評判です。極《ご》く極く打算的な僕の継母《はは》もこの弁護士にばかりは惜し気もなくお金を吸い取られているという評判ですからね。僕をヴェルダンの要塞戦に配属させたのも、その弁護士の秘密運動が効を奏した結果じゃないかと疑われる位なんです」
私は太い、長い、ふるえたタメ息を腹の底から吐き出した。最初は不承不承に聞いていたつもりであったが、いつの間にか一も二もなく候補生に同情させられていた。
「成る程……現在《いま》の独逸には在りそうな話ですね。悪謀《わるだくみ》に邪魔になる人間は、戦場に送るのが一番ですからね」
「……でしょう……ですから僕は、僕の財産の一切を妻のイッポリタに譲るという遺言書と一緒に、色々な証書や、家に伝わった宝石や何かの全部を詰め込んだ金庫の鍵を、戦線に持って来てしまったんです。ちょうど妻が伊太利《イタリー》の両親の処へ帰っている留守中に、僕の出征命令が突然に来たのですからね。いつもだと僕の妻が喜ぶ事を絶対に好まなかった継母《はは》が、不思議なほど熱心に妻に
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