生隊の完備していたことは方々で耳にして来たものであるが、そんな話を聞く度毎《たびごと》に、私は身体が縮まる思いがした。全くこの時は非道《ひど》かった。手を消毒する薬液は愚か、血を洗う水さえ取りに行く隙《ひま》が無かったので、私の両手の指は真黒く乾固《ひかた》まった血の手袋のために、折曲りが利かなくなった。一つには非常な寒さのせいであったろう。兵士の横腹から出る生温《なまあたたか》い血が手の甲にドクドクと流れかかると、その傷口から臓腑の中へ、グッと両手を突込みたい衝動に馳られて仕様がない位であった。
 初めて見る負傷兵もモノスゴかった。
 片手や片足の無い者はチットモ珍らしくなかった。臓腑を横腹にブラ下げたまま発狂してゲラゲラ笑っている砲兵。右の顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》から左の顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]へ射抜かれて視神経を打切られたらしい、両眼をカッと見開いたまま生きていて「カアチャンカアチャン」と赤ん坊みたいな声で連呼している鬚だらけの歩兵曹長。下顎を削り飛ばされたまま眼をギョロギョロさして涙を流している輜重兵《しちょうへい》なぞ、われわれ
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