一咳した。
「……馬鹿……誰が休めと云うたか……銃殺するぞ。馬鹿者|奴《め》がッ。……気を付け……」
 死骸の山を背景にして、蒼白な月光に正面した負傷兵の一列の顔はドレもコレも生きた色を失っていた。死人よりも力ない……幽霊よりもタヨリない表情であった。その生きた死相の行列は、一生涯、私の網膜にコビリ付いて離れないであろう。
「……汝等は……何故に普通の負傷兵から区別されて、ここに整列させられているか、自分で知っているか」
 軍医大佐の言葉が終らぬ中《うち》に又も二三人、気が遠くなったらしい。ドタリドタリと棒倒しに引っくり返った。ヤット自分達の立場が彼等にわかったらしい。
 ツルツルと一筋、つめたい汗の玉が背筋を走ったと思うと、私も眼の前の光景が、二三十|基《キロ》も遠方の出来事のように思えて来た。
 倒れた仲間を振返って見る者は愚か、身動きする者すらいなかった。皆、蒼白い月の光の中に氷結したようにシインと並んで立っていた。……その時の彼等がドンナ気持で立っていたか、私には想像出来なかった。ただボンヤリと飾氷《かざりごおり》の中の花束の行列を聯想させられていただけであった。死んだまま立っている人間の行列……死刑を宣告されかけている自傷兵の一小隊……。
「わからなければモウ一つ質問する」
 軍医大佐は一歩前進して自分の背後を指した。
「眼を開いて汝等の正面を見よ。あの物凄い銃砲の音と、火薬の渦巻を見よ。あれが見えるか。あれは一体、何事であるか……わかるか……」
「……………」
 誰も返事をしなかった。返事の代りに又も二三人バタリバタリと引っくり返っただけであった。
「……よろしい……それから……廻れエ、右ッ……」
 皆、器械のように決然と廻転した。序《ついで》にブッ倒れた者もいたくらい元気よく……。
「よしッ。汝等の背後に山積して在る汝等の同胞の死骸を見よ……これはイッタイ何事であるか汝等の同胞は何のためにコンナ悲壮な運命を甘受しているのか……わかるか……」
 思い出したように頸低《うなだ》れた者が四五人。軍服の袖を顔に当ててススリ泣《なき》を初めた者が二三人……。
 光弾が……仏軍のマグネシューム光がタラタラと白い首筋の一列を照して直ぐに消えた。
「……よろしい。廻れエ、右ッ……整頓……。わからなければ今一つ尋ねる。ええか。……イッタイ吾々軍医なるものは何のために戦場
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