き添えておく。
一
……おお……悪魔。私は戦争を呪咀《のろ》う。
戦争という言葉を聞いただけでも私は消化が悪くなる。
戦争とは生命のない物理と化学とが、何の目的もなしに荒れ狂い吼えまわる事である。
戦争とは蒼白い死体の行列が、何の意味もなく踊りまわり跳ねまわる中に、生きた赤々とした人間の大群が、やはり何の興味も、感激もなしにバタバタと薙《な》ぎ倒おされ、千切《ちぎ》られ、引裂かれ、腐敗させられ、屍毒化させられ、破傷風化させられて行くことである。
その劇薬化させられた感情の怪焔……毒薬化させられた道徳の異臭に触れよ。戦慄せよ。……一九一六年の一月の末。私が二十八歳の黎明……伯林《ベルリン》市役所の傭医員を勤めていた私は、カイゼルの名によって直ちに軍医中尉を拝命して戦線に出《い》でよ……との命令で、貨物列車――トラック――輜重車《しちょうしゃ》――食糧配給車という順序にリレーされながら一直線にヴェルダンの後方十|基米《キロ》の処に在る白樺の林の中に到着した。
その林というのは砲火に焼き埋められた大森林の残部で、そこにはヴェルダン要塞を攻囲している我が西部戦線、某軍団所属の衛生隊がキャムプを作っていて、夥《おびただ》しい衛生材料と、食糧なぞの巧みにカモフラージしたものが、離れ離れに山積して在った。
勿論、私は到着するがするまで、自分がどこに運ばれて行くものやら見当が附かなかった。市役所で渡された通過章に書いて在る訳のわからない符号や、数字によって、輸送指揮官に指令されるまにまに運ばれて来たので、そこがヴェルダンの後方の、死骸の大量蓄積場……なぞいうことは到着して後、暫くの間、夢にも知らずにいたのであった。ただ自分の居宿に宛てられた小さな天幕の外に立つと、直ぐ向うに見える地平線上に、敵か味方かわからないマグネシューム色の痛々しい光弾が、タラタラ、タラタラと入れ代り立代り撃ち上げられている。その青冷めたい光りに照し出される白樺の幹の、硝子《ガラス》じみた美しい輝き……その周囲に展開されている荒涼たる平地の起伏……それは村落も、小河も、池も、ベタ一面に撒布された死骸と一所に、隙間なく砲弾に耕され、焼き千切《ちぎ》られている泥土と氷の荒野原……それが突然に大空から滴《した》たり流れるマグネシューム光の下で、燐火の海のようにギラギラと眼界に浮かみ上っ
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