#「山水天狗」に傍点]につるまむし[#「つるまむし」に傍点]
 へのへのもへし[#「へのへのもへし」に傍点]のひとおどり」
 この踊りの可笑《おか》しくて面白い事、お腹の皮が撚《よじ》れるようで、皆手を拍《う》って喜びました。
 踊りがすっかり済みますと、最前の舞い姫が又大勢現われて、二人を胴上げをするように舁《かつ》ぎ上げて、雪の塔の絶頂に登りました。
 ここは屋根も何も無い広場で、四方の雪景色が一|眼《め》に見渡せます。もうすっかり雪が晴れて、空にはダイヤモンドを数限り無く散らしたように星の光りが瞬いています。西の方に今しも満月が沈みかかり、青い透《す》きとおった光りを、見渡す限り、処々が埋もれた野や山や河や海や森林に投げています。その美しい事……。
 舞い姫たちは、兄妹《きょうだい》を席場の真中の一番高い処の台の上に立たせて、パノラマのような四方《よも》の景色を見渡させながら、雪の台のまわりを歌をうたって踊ってまわりました。
「冬と春との神々の
 今宵《こよい》ひと夜のおわかれに
 降らせた雪に埋もれた
 可愛い仲好い兄妹《きょうだい》は
 雪のしとねに雪まくら
 夢路に遊ぶ雪の塔

 お伽噺《とぎばなし》でおなじみの
 おもしろおかしい人たちと
 仲よく遊んだよろこびも
 今宵と夜のうつつぞと
 夢にも知らぬあかつきの
 光りに消ゆる雪の塔

 野から山へと冬は去り
 海から野へと春は来る
 冬のゆくえを尋ぬれば
 消えてあと無き雪の塔
 春のふるさと尋ぬれば
 消えてあと無き雪の塔

 あとには可愛い仲のよい
 兄と妹の夢がたり
 楽しく嬉しくなつかしく
 一夜のうちに消え果てた
 綺麗な綺麗な雪の塔」
 こんな歌をおどりながら舞いめぐる舞い姫の姿は、次第次第にうすれうすれて消えて行きました。
 白い着物を着た舞い姫たちが消え消えとうすくなって行くと一所に空の星の光りもうすらいで、お月様もいつのまにか西へ落ちてしまって、あたりが明るくなると思う間もなく、東の山の上に紫の雲が一つ一つ湧き出して、右に左にゆらゆらと靉靆《たなびき》はじめました。
 兄妹《きょうだい》は夢のようになってこの美しい景色に見とれているうちに、だんだんと明るくなって、やがて東の山から真赤の太陽の光りが野にも山にも一面にサーッと流れました。
 それと一所に舞い姫の姿はすっかりどこへかフッと消えてしまって、あとにはただ玉雄と照子と二人だけ残りました……………………と思う間もなく、太陽の光りに照らされた雪の塔は見る見るうちに溶け出して、ユラユラと二三遍動いたと見る間《ま》に、根元からドタドタドタと一度に崩れ落ちてしまいました。
「アッ」
「助けて」
 と叫んで玉雄と照子が時々眼をさましますとコハ如何に、二人はあたたかい寝床の中に寝かされて、お父さんとお母さんが心配そうに介抱しておられました。
 二人が眼をさましたのを見ると、お父さんとお母さんは一時に二人を抱き締《しめ》て喜ばれました。そうしてこう云われました。
「まあ、お前達はよく助かってくれたね。お前達が帰りが遅いので、お父さんとお母さんはお迎えに行ったけれども、雪が降ってわからない。それから村中の人を頼んで探してもらって、やっと杉林の中で抱き合ってたおれているお前達を見つけたのだよ。私達はお前達が死ぬかと思ってどれ位心配したか」
 と云ううちにお母さんは嬉し涙をこぼされました。
 その時にお父さんはこう云われました。
「それにしても不思議な事がある。お前達がまだ眼を醒まさないうちに、お前達はさも面白そうに囈語《うわごと》を云ったり、手をたたいたりしていた。それが二人とも丁度同じ夢を見ているように、同じ時に手をたたいたり面白がったり、巧《うま》い巧いと云ったりしていた。一体お前たちはどんな夢を見ていたのか。お父さんに聞かしてくれないか」
 玉雄と照子は寝床の中で顔を見合わせて、不思議そうに眼をまん丸くしました。



底本:「夢野久作全集1」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年5月22日第1刷発行
※底本の解題によれば、初出時の署名は「海若藍平《かいじゃくらんぺい》」です。
入力:柴田卓治
校正:もりみつじゅんじ
2000年3月6日公開
2006年5月3日修正
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