ランプのまわりには餅花《もちばな》や羽子板、ゴム鞠、運動具、おもちゃの船、車などが一パイに吊され、どれを見ても欲しくない物は一つもありません。
 室の正面には黄金のお太陽《ひ》様《さま》と白金《しろがね》のお月様を祭ってあります。その前には、鉄の冠を戴いて、白い顔に黒い髯《ひげ》を勢《いきおい》よく生やし、紺青《こんじょう》の着物を着た立派な冬の男神《おがみ》と、緑色の髪に花の冠を戴いて、桃色の長い着物を着た春の女神とが座わっています。その左右にはお釈迦様、イエス様、七福神、達磨《だるま》さん、鍾馗《しょうき》大臣、サンタクローズ、桃太郎、金太郎、花咲爺、乙姫様や浦島太郎、熊、鹿、猪や兎なぞいう獣《けもの》や鳥やお魚や山水天狗、つるまむし、へのへのもへしなぞいうおなじみの連中が四方へずらりと居流れて、今宴会の最中でしたが、玉雄と照子の兄妹《きょうだい》が這入って来ると、皆万歳と言って歓迎をして、二人を正面の冬の男神と春の女神の前に座らせました。
 二人は今までお話しには聞いていましたが、まさかこんなものが本当にいようとは思わなかったので、何とあいさつしてよいやら、只胸をドキドキさして、顔を真赤にしてお辞儀をして座りました。
 二人がここで頂いた御馳走は、何が何だかわからぬ位沢山で、丁度お腹は空いていたし、そのお美味《いし》かった事、頬ぺたも落ちそうで、あとから出たお菓子や果物までも一つ残さず食べてしまいました。
 御馳走が済むと五分間演説が初まりました。
 いの一番に飛び出したのは真《ま》っ黒々《くろくろ》の唐金《からかね》のお釈迦様でした。
「みなさん、私はいろいろな人から拝まれて、いろいろなおそなえものやお賽銭をたくさんいただきます。しかし私を拝んだり、いろいろなものを供えたりする人は、みんな欲ばりばかりで、私にすこしばかりのものをくれて、大変な幸福ばかり祈りますから、私は知らん顔をしております。しかし毎年四月八日の私の誕生日になると、子供たちが大勢来て、私の頭の上を花で飾って、頭から甘茶をかけてお祝いをしてくれます。私はこんなに親切に可愛がってもらうと、うれしくてうれしくてたまりません。私は欲ばりの大人に拝まれるよりも、こんなに親切な子供達に可愛がられる方がよっぽどうれしゅう御座います」
 皆はパチパチと手をたたいて、お釈迦様の演説に感心をしました。
 その次にはイエス様が立ち上って演説をしました。
「私もお釈迦様と同じように誕生日《クリスマス》には子供たちに可愛がられます。しかし困った事には日本の子供は、私の誕生日を祝うことよりも私の家来のサンタクローズにいろいろのものを貰う方を楽しみにするようです。又も一つ困った事には、クリスマスの日には子供より大人の方が夢中になって、クリスマスツリーを飾ったり、クリスマスプレゼントを遣ったり貰ったりしますが、そのためによく子供の方がお留守になって、クリスマスの日になると、『うるさいからあっちへ行っていらっしゃい』なぞと叱られる事があります。私は可哀そうで可哀そうでたまりません。ふだん大人は忙しくてゆっくり子供と遊ばれぬ事が多いのです。しかしクリスマスの日だけは子供の日ですから、大人の人は一生懸命になって子供を喜ばすようにしてやって頂きたいと思います」
 皆は又も手を拍《う》って賛成しました。
 お釈迦様とイエス様のお話が済むと、七福神が揃って飛び出して「七福踊り」というのを踊りました。これをはじめにして乙姫の「竜宮の舞い」、達磨大師の「コロコロ踊り」、花咲爺の「花咲踊り」、舌切雀の「雀踊り」、桃太郎の「剣舞」、金太郎の「力持ち」、獣《けもの》のダンス、鳥のダンスなぞが次から次へ数限りなく、いつまで見ても面白う御座いました。
 その一番おしまいには「へのへのもへし」「山水天狗」「つるまむし」の三人が手を引き合って飛び出して、へのへの踊りというのをやりました。そのうたはこうでした。
「へのへのもへし[#「へのへのもへし」に傍点]につるまむし[#「つるまむし」に傍点]
 山水天狗[#「山水天狗」に傍点]の三人は
 生まれ故郷は知らねども
 かしこやここの白壁や
 扉や窓に現われて
 誰が描《か》いたと睨まれる

 描《か》き散らかしたわるものは
 私はちゃんと知っている
 けれども云ったら大変だ
 だから私はだまってる

 描《か》いた坊ちゃん嬢ちゃんは
 蔭の方からクスクスクス
 赤い舌をペロペロペロ

 父さん母さん憤《おこ》り出し
 急いで消して終《しま》うけど
 またそのうちに私等は
 他の処にあらわれる
 いくつもいくつもあらわれる

 だれも消さないその時は
 雨にたたかれ洗われて
 次第次第に消えて行く

 消えない間のおたのしみ
 さあさあ踊らせ歌わんせ
 山水天狗[
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