ったが、それでもタタキの上に一面に残っている血みどろの苦悶の痕跡《あと》を一眼見ただけで、ゾッとさせられたのであった。
「……ホホホホホ……何故モット早く来なかったの。アンタに見せようと思って繋いどいたのに……。あのね……ジレットを食べさせるとね。噛もうとする拍子に、奥歯の外側に引っかかってナカナカ取れないのよ。だから苦しがって、シャックリみたいな呼吸《いき》をしいしい狂いまわるの……。それをこの犬ったらイヤシンボでね。三枚も一緒にペロペロと喰べたもんだからトウトウ一枚、嚥《の》み込んじゃったらしいの。それで死んだに違い無いのよ。ちょうど四十五分かかってよ、死ぬまでに……それあ面白かってよ。息も吐《つ》けないくらい……犬なんて馬鹿ね。ホントに……」
「…………」
「……アンタ済まないけどこの犬に石を結《ゆわ》い付けて、裏の古井戸に放り込んでくれない。前のテニスコートの垣根の下に、石ころだの針金だのがいくらでも転がっているから……タタキの血は妾《わたし》がホースで洗っとくから……ね……ね……」
 そういううちに彼女は突然にキラキラと眼を輝かした。……と思う間もなく、バタと犬の臭気《しゅう
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