き》にしみた両手をさし伸ばして、イキナリ私の首にカジリつくと、ガソリン臭《くさ》いキスを幾度となく私の頬に押しつけるのであった。
 しかし私は最前から吐きそうな気持ちになっていた。そうした色々な臭気の中で、底の知れないほど残忍な彼女の性格を考えさせられたので……それが彼女の接吻《せっぷん》を受けているうちにイヨイヨたまらなくなったので……私はシッカリと眼をつむって、思い切り力強く彼女を押し除《の》けると、その拍子に彼女はドタンと畳の上に尻もちを突いた。そうしてそのままテレ隠しらしく靴下を脱ぎながら、高らかに笑いだした。
「オホホホホ。駄目ねアンタは……。わたしの気持ちがわからないのね。……でも今にキットわかるわよ。アンタならキット……オホホホホ……」
 私はやはり眼を閉じたまま、頭を強く左右に振った。そういう彼女の心持が、わかり過ぎる位わかったので……彼女が、こうした遊戯の刺激でもって、その性的スパスムを特異の状態にまで高潮させる習慣を持った、一種特別の女であることが、この時にやっと分ったので……そうして同時に彼女はこの私を、彼女のこうした趣味の唯一の共鳴者として、初対面からメモリをつけていたに違い無い……その気持までもがアリアリとうなずかれたので……。
 それは彼女自身にも気づいていない、彼女の本能的な盲情《もうじょう》であったろうと考えられる。……その盲情が、ズット前の猟奇座談で、私がこころみた漫談に刺激されて眼ざめた結果、こんな趣味に囚《とら》われるようになった。そうしてその結果、彼女はこうして一切を棄てて、本能的に私と結びついてくるようになったのではないか……それを彼女は私に恋しているかのように錯覚しているのではないか……。
 ……と……ここまで考えてくると、私は思わず又一つ、頭を強く左右に振った。髪毛《かみのけ》がザワザワして、背中がゾクゾクし始めたので……。
 しかも彼女のこうした心理は、それから又二三日目に、彼女が肉片を引っかけた釣針で、近所のドラ猫を釣って、手繰《たぐ》ったり、ゆるめたりして遊んでいるのを発見した時に、イヨイヨドン底まで印象づけられたのであった。同時に彼女が、こうした趣味の道伴《みちづ》れとして私を選んだのが、飛んでもない間違いであった……私の中には彼女の想像した以上の恐ろしいものが潜んでいた……という事実までも、私自身にハッキリと首
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