ていた。
「ああ。喜んで御座る喜んで御座る。なあ老先生。もう絵になって終《しも》うて御座るけんどなあ老先生。あなた方御夫婦はこの村の生命《いのち》の親様じゃった。四十年この村に御奉公しとる私がよう知っとる。御恩は忘れまっせんぞえ。決して決して忘れませんぞえ……なあ。せめて今一年と半年ばかり生かいておきたかったなあ。今日というきょうこの席へ座らせたかったなあ。若先生御夫婦には、この伝六が附いとるというて安心させたかったなあ。今までの御恩報じに……」
伝六郎の声が次第に上釣《うわず》って涙声になって来た。満場ただ伝六郎の一人舞台になってシインとしかけているところへ、縁側の障子の西日の前に一人の小女《こおんな》の影法師がチョコチョコと出て来て跪《ひざまず》いた。障子を細目に隙《す》かして眩《まぶ》しい西日を覗《のぞ》かせた。
仲人の医師会長栗野博士が、その障子の隙間に胡麻塩《ごましお》頭を寄せて、少女の囁声《ささやき》を聞くと二三度軽くうなずいて立上った。その後から博士夫人が続いて立上ると、見送りのつもりであろう新郎新婦が続いて立上った。
「イヤ、宜《よろ》しい」
と栗野博士が振返って
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