一かい。そいつあ奇遇だね。ハハハハ。ところでソイツが満点試験と来ているから凄いだろう。ドレ位凄いか話してみなくちゃ解るまいがね。
何しろこっちは、無けなしの貯金に借金の上塗《うわぬ》りした何十円也を試験料としてブチ込んでいる一方に、船乗片手間の独学と来ているんだから絶体絶命だ。高等数学の本なんかテンデわからない奴を、片《かた》ッ端《ぱし》から一冊分丸諳記さ。そんな無茶をやった事があるかい。無いだろう。トテモお話にならないんだ。兵庫の下宿の天井から、壁から、襖《ふすま》から、障子《しょうじ》から、電燈の笠まで、公式を書いた紙をベタベタ貼り散らして寝床の中から眼を開ければ、直ぐに眼に付くようにしている。諳記した奴は引っペガして、新しいのを貼るという寸法だ。下宿の婆さんが驚いて、コンナに沢山にまあ。これは及第のおまじない[#「おまじない」に傍点]ですかって聞くんだ。成る程おまじない[#「おまじない」に傍点]に違いないね。丸めて嚥《の》んでしまいたいくらい大切なおまじない[#「おまじない」に傍点]だからね。ハハハ。
それから当日試験場へ行くと、初日は筆記試験ばかりだったが、コイツは兎《と》
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