生方のようなお立派な地位や名望のある方々にまでも妾の誠実《まごころ》が信じて頂けないこの世に何の望みが御座いましょう。社会的に地位と名誉のある方の御言葉は、たといウソでもホントになり、何も知らない純な少女の言葉は、たとい事実でもウソとなって行く世の中に、何の生甲斐《いきがい》がありましょう。
 さようなら。
 白鷹先生 臼杵先生
 可哀そうなユリ子は死んで行きます。
 どうぞ御安心下さいませ。
[#ここで字下げ終わり]
  昭和八年十二月三日[#地から1字上げ]姫草ユリ子 」

 この手紙はすでに田宮特高課長に渡しました実物の写しで、貴下にお眼にかけたいためにコピーを取って置いたものですが、これを初めて読みました時も私は、何の感じも受けずにいる事が出来ました。依然として呆《あき》れ返ったトボケた顔で、相手の鋭い視線を平気で見返しながら問いかけました。
「ヘエ。貴方《あなた》がこの手紙の曼陀羅先生で……」
「そうです」
 相手は初めて口を開きました。シャガレた、底強い声でした。
「モウ死骸は片付けられましたか」
「火葬にして遺骨を保管しておりますが……死後三日目ですから」
「姫草が頼んだ
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