ャンとそう言って置きましたのに……今頃お掛けになるなんて……」
と彼女はイクラか不平そうに可愛い眉を顰《ひそ》めるのであった。こうした技巧と言ったら、それこそ独特の天才と言うべきものであったろう。実に真に迫ったものがあった。彼女と、彼女の創作した白鷹先生との親密さに就いて、微塵の疑いをさし挾む余地もないくらい真に迫ったものであった。
電話に出ていた相手の男性……白鷹先生に非《あら》ざる白鷹先生は、彼女の説明通りに、如何にも快活らしい朗らかな声の持主であった。しかも、それがほとんど私に一言も口を利かせないまま、一気に喋舌《しゃべ》り続けた。
「ヤア。臼杵君か。暫く。御機嫌よう。イヤ御無沙汰御無沙汰。景気はどうだい。ウンウン。姫草から聞いたよ。結構結構。ウンウン。姫草って奴はいい看護婦だろう。こっちで、あんまり良過ぎるもんだから看護婦長から憎まれてね。とんでもない濡衣《ぬれぎぬ》を着せられて追い出されちゃったんだよ。僕の妻《かない》が非常に可愛がっていたんだがね。イヤ。本人も喜んでいるよ。この間と昨日と二度電話をかけてね。君ん処《とこ》は非常に居心地がよくて働き甲斐《がい》があるってね
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