人しかいない室内をジロリと一眼見まわしながら立ち佇《どま》って、慇懃《いんぎん》に帽子を脱《と》って、中禿を巧みに隠した頭を下げました。
 軽率な私は、この人物を新来の患者と思いましたので愛想よく立ち上りました。
「サアどうぞ」とジャコビアン張の小椅子《サイドチェア》を進めました。
「私が臼杵です」
 しかし相手の紳士は依然として黒い、冷たい影法師のように突立っておりました。ちょっと眼を伏せて……わかっている……と言ったような表情をした切り一言も口を利《き》きませんでした。そのうちに青白い毛ムクジャラの手を胴衣《チョッキ》の内ポケットに入れて、一枚のカード型の紙片を探り出しますと、私の顔を意味ありげにチラリと見ながら、傍《そば》の小卓子《カードテーブル》の上に置いて私の方へ押し遣りました。
 そこで私は滑稽にも……サテは唖《おし》の患者が来たな……と思いながらその紙片を取り上げてみますと、意外にも下手な小学生じみた鉛筆文字でハッキリと「姫草ユリ子の行方を御存じですか」と書いて在るのです。
 私は唖然《あぜん》となってその男の顔を見上げました。背丈《せい》が五尺七、八寸もありましたろうか
前へ 次へ
全225ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング