彼女自身も気付かなかったであろう、きわめて些細な出来事からであった。
お恥かしい話ではあるが開業|※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》の好景気に少々浮かされ気味の私は、いつの間にか学生時代とソックリの瓢軽者《ひょうきんもの》に立ち帰っていた。つまらない駄洒落《だじゃれ》や、軽口や、冗談を連発して患者の憂鬱を吹き飛ばしたり、
「オイオイ。小さい解剖刀《メス》を持って来い。小さなメスだ。お前じゃないよ。間違えるな」
と姫草に言ったりしたが、そのたんびにユリ子はキャッキャと笑って立ち働きながら言った。
「まあ臼杵先生は白鷹先生ソックリよ」
「何だい。その白鷹って言うのは……俺に断らないで俺に似てるなんて失敬な奴じゃないか」
「まあ。臼杵先生ったら……白鷹先生は、あなたよりもズットお年上で、K大耳鼻科の助教授をしていらっしゃるんですよ」
「ワア。あやまったあやまった。あの白鷹先生かい。あの白鷹先生なら、たしかに俺の先輩だ」
「ソレ御覧なさい。ホホホ。K大にいる時に白鷹先生は、いつも手術や診察の最中にいろんな冗談ばかり仰言って患者をお笑わせになったんですよ。鼓膜切開の時
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