ちょうど私が自宅で夕食を終ってから、何かしらデザートじみた物が欲しいと思っているところへ、病院の姫草ユリ子から取次電話がかかって来た。
「先生。只今《ただいま》兄がお礼に参りましたの。先生がお好きって妾が申しましたからってね、倉屋の羊羹を持って参りましたの……イイエ。もう帰りましたの。折角お休息《やすみ》のところをお妨げしてはいけないってね。どうぞどうぞこの後とも宜《よろ》しくってね……申しまして……ホホ。そちらへお届け致しましょうか……羊羹は……」
「ウン大急ぎで届けてくれ。ありがとう」
 と返事をしたが、恐らく甘く見られたと言ってもこの時ぐらい甘く見られた事はなかったろう。
 彼女の郷里からと言って五升の清酒と一|樽《たる》の奈良漬が到着したのは、やはり、それから間もなくの事であった。何でも郷里の人に両親から言伝《ことづけ》た品物だとかで、例によって私が帰宅後に、病院に居残っていた彼女が受け取ったという話であったが、彼女が汗を流して提《ひっさ》げて来た酒瓶と樽にはレッテルも何もなく、きわめて粗末な、田舎臭い熨斗紙《のしがみ》が一枚ずつ貼り付けて在《あ》る切りであった。一口味わってみ
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